大筒木一族の最後の末裔13

「もうお婿にいけない……」

 それが紅の幻術から抜け出したカムイの第一声である。
 およよ……と両手で顔を押さえながら泣き真似をする彼の姿は、中性的な見た目もあってひどく同情心を誘う光景だった。

 カムイの精神年齢を考えればこの行為はかなりキツイが、見た目はまだ幼さが残る少年なので何もおかしくはない。
 ただ、もしも後で思い返すようなことがあれば、大の大人が何をやっているんだと自分が苦しむことになるだろう。

「私も少し悪ノリが過ぎたわ。ごめんなさい」

 紅もいくら模擬戦とはいえやり過ぎたと思ったのか、素直に謝罪する。
 しかし、そう言って頭を下げる紅だったが、驚異的な視力を持つカムイは彼女の口元が歪んでいる様子をしっかりと捉えていた。

「……言葉と顔の表情がまったく一致していませんよ?」

「あらま。さっきまでのカムイがあまりにも可愛いもんだから、ついつい思い出してしまったわ」

「ぐぬぬ……!」

 彼女の術中に嵌ってからはいいようにやられてしまい、結局それが自力で解けるまでとてもじゃないが他人には言えないことをされていたのだ。
 所詮は模擬戦と考えていたのだが、その結果がこれでは後悔しかなかった。
 甘えた考えを持っていたツケが早くもカムイ自身に回ってきたということだろう。

「まぁ、カムイを揶揄うのはこのくらいにして……幻術を掛けられたのが初めてなのに、そこから自力で抜け出せるなんて凄いじゃない。下忍クラスの忍ではまず間違いなく抜け出せないわよ」

 幻術の対処というのは、ある程度の経験が必要となってくる。
 口頭でいくら指導したとしても、実際に幻術を受けてみなければ何も上達などしないのだ。
 そうやって長い時間をかけ、ようやく幻術を打ち破ることができるようになっていく。

 しかし、カムイはそれを初見で打ち破ってみせたのだ。
 紅は口では彼を茶化すように話してはいるが、内心ではカムイの忍としての潜在能力にただただ驚愕している。

「そうは言っても、紅さんの幻術から抜け出したのは結局かなり時間が経った後でしたから。それじゃあなんの慰めもなりませんよ」

「そう自分を卑下することはないわ。体術だけなら中忍……いえ、上忍クラスの腕前があったし、幻術使いの対処法なんてこれから学べばいいのよ。貴方はまだまだ成長途中の器なんだから」

 そう言って紅は、若干不貞腐れぎみだったカムイに優しく微笑みながら頭を撫でた。
 まるで全てを包み込むかのような聖母のように優しい微笑みと、暖かい手の感触で心が落ち着いていく。
 カムイは心が直接癒されていく感覚に陥っていた。

 そして、思わずそんな彼女に見惚れて――

「……急に優しくしても、さっきのことは忘れませんよ?」

「あら残念。おほほ」

 なんとかギリギリのところで踏みとどまった。
 そして、そんなカムイの気持ちを知ってか知らずか、紅は上機嫌で口元を押さえながら上品に笑っている。

 ただ、このまま終わるのはカムイのプライドが許さなかった。

「――さぁ、第二ラウンドといきましょうか」

 ここで相手の技量の高さを褒め、自分の弱点を確認できたと感謝するのが大人な対応なのだろう。
 しかし、あいにく今のカムイは身体に引っ張られて精神的に子供っぽい部分がある。
 故にやられっぱなしでは終わることなどできないのだ。

「え、まだやるの?」

「もちろんです。今度はこっちも勝つために全力で行きますから。あぁ、俺に負けるのが怖いのなら別に良いですけどね」

「……へぇ、ずいぶんと生意気な口を利くじゃない。どうやらまだやられ足りないみたいだから、その安い挑発に乗って存分に相手になってあげるわ」

 カムイの様子から何か考えがあると察した紅は、敢えてその挑発に乗ってみることにした。

 いくら彼が忍として優れた才能を持っていたとしても、一朝一夕では到底自分の幻術を防ぐことなどできない。
 それこそ、今日まで幻術に関してまったくの素人だったカムイであれば、チャクラが続く限り永遠に幻を見せることだってできる。

 先ほど彼が打ち破った幻術も、実は敢えて弱めにかけていたのだ。
 もちろん、それでもカムイがやったことは十分すぎるほど凄いことではあるが、あの程度が自分の限界と思われるのは気に入らなかった。

 思い上がった子供の鼻を明かしてやろうという、寛大な気持ちでカムイの挑戦を受けたのである。
 ……もっとも、ついでに一度目の時よりもアレな幻にしてやろうという邪な気持ちも紅にはあったが。

「っ!!? ……今なにか寒気が」

 人よりも優れているカムイの第六感が、紅から発せられる不穏な空気を察知した。

「フフッ、怖いなら止めてもいいのよ?」

「それはこっちのセリフですよ。開始の合図は紅さんに任せるので、そちらのタイミングで初めてください」

 何故か自信満々のカムイに怪訝な視線を向けながらも、紅は一度目と同じようにコインの準備をする。
 そして指でそのコインを軽く弾き、クルクルと回転しながら地面に落ちた瞬間、カムイが全身をチャクラで強化して桁違いの速度で殴り掛かってきた。

「くっ!」

 紅も体術ができないわけではないが、自ら上忍クラスの腕前があると評したカムイには及ばないらしく、そんな苦しげな声が聞こえてくる。
 やはり体術ではカムイが優勢のようだった。
 ただこうして接近戦で戦うということは、それだけ相手の目を見る危険があるということ。

 つまり、紅の幻術に掛かりやすくなってしまうのだ。

「迂闊だったわねカムイ。これだけ近づけば、相手に幻術に掛けるのなんて訳ない――っ!?」

 ここに来て初めて紅が動揺した。
 彼女の視線の先にはバッチリとカムイの顔が見えている。だが、いくら見ても今のカムイを幻術に掛けるのは不可能だろう。

 何故なら……

「あなた目を瞑りながらどうやって戦っているのよ!?」

「はっはっは、これこそ最強の幻術対策ですよ。今こそ気配切りで鍛えた成果を発揮するとき!」

 今の自分ではまともに戦っても紅には勝てない。
 そんなことはカムイ自身もわかっていた。
 転生眼というチートを使えば話は別だが、それに頼ってばかりでは何も成長することはできないので使うつもりはない。

 ならばどうするのか。考えた末にカムイが導き出した答えは、目を瞑るという如何にも子供が考えそうなものだった。

「ホントになんでこうも自然に戦えるのよ……!」

 しかし単純故にその効果は絶大だったようで、幻術を掛ける隙が見当たらない紅はじわじわと追い詰められていく。
 そして動揺もあったのかバランスを崩し、絶好のチャンスがカムイに訪れた。

「もらった!」

 そのまま紅の身体を押し倒し、彼女が持っていたクナイを見事な手捌きで奪い取り、それを首元に当てた。
 一瞬の静寂の後、紅の口が開かれる。

「……私の負けよ。――でも、早くその手を退けてくれないかしら?」

 微妙に頬が赤らんでいる紅。
 彼女が指差す先には、カムイの手が彼女の豊満な胸を押し潰していたのだった。

 

   

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