大筒木一族の最後の末裔15

 木ノ葉の里にある商店街のような場所で買い出しを終え、二人は紅の住むアパートに到着した。
 前世で暮らしていた時のアパートとどこか同じ雰囲気があり、カムイは思わず立ち止まってしまうほどの妙な懐かしさを感じてしまう。

(カムイとして生きると心に決めても、やっぱり日本が恋しくなるんだな……。幸いなのは、この世界の食文化が日本とそこまで掛け離れていないことか。焼肉屋とかも普通にあったし)

 不思議なことに、木ノ葉の里には焼肉店という時代的な設定に合わない店なども普通に存在していた。
 流石に24時間営業しているコンビニはないが、それでも前世で焼肉が好物だったカムイからすれば非常に有難い誤算と言える。

 そうしてカムイがアパートを見上げながら感動していると、少し先を歩いていた紅が急かすように声を掛けてきた。

「こんなところで立ち止まってないで、さっさと行くわよ。アパートなんてそんなに珍しいものでもないんだし」

「……ええ、そうですね。でも今日からここに住むんだと思ったら、何かこう感慨深いものがありまして」

「そういうものなのかしら? ま、その荷物も重いでしょうし早く行きましょう?」

「はーい」

 紅の言う通りいつまでも立ち止まっている訳にはいかないので、カムイは再び歩き始めた。

 ちなみに、カムイは身体能力も完全にチートなので、食材の荷物持ち程度でへばることはあり得ない。
 現に今も両手に袋を抱えているが、疲れた様子はなくケロッとしている。

 紅の後ろに引っ付いて階段を登っていき、202という札が掛けられている部屋の前で彼女が止まった。

「ここが紅さんの部屋ですか?」

「ええ、そうよ。しばらくは貴方の家でもあるんだから、遠慮なく上がって頂戴。後で合鍵も渡すわね」

「合鍵……か」

 前世の記憶があるカムイは、女性から合鍵を受け取るということに罪悪感と謎の背徳感を覚えた。
 この世界は幼い子供であっても戦場に駆り出されるという労働法も真っ青な環境なので、働かない者はよほど裕福な家庭の者しか決して許されない。

 そして今のカムイは立派な無職だ。
 無職の男が女性から合鍵を受け取り、生活の面倒をみてもらう。

 それは現代日本の言葉で言い表せば――『ヒモ』。

 だらしない男の憧れであり、世間ではニートよりも白い目で見られるという底辺にして至高の職業である。
 その職務に今、カムイは一時的とはいえ就任しようとしていた。

(しかも紅さんみたいな美人のヒモって、俺はかなり運が良いのではないだろうか)

 カムイは部屋に上がって早々、そんなくだらない事を考えていた。
 だが実際、紅ほどの美人が養ってくれるとなれば、それに喜んで飛びつく男は星の数だけいてもおかしくはない。

 そんな風に紅を見つめていると、自然とカムイの口が開いた。

「紅さん、愛しています。俺と結婚してください(養ってください)」

「……今の貴方からは邪な感情を感じるわ。一体なにを考えているのかしら?」

 突然の告白に一瞬面食らっていた紅だったが、その言葉の中にそれ以外の意図があることを冷静に見抜き、訝しむような視線をカムイに向けた。

「紅さんが俺に惚れてくれれば、このまま働くことなく毎日悠々自適な生活が送れるかな、と」

「最低ね」

 当然ではあったが、カムイの告白はにべもなく即座に両断されてしまった。
 もちろんカムイは軽い冗談のつもりで言ってみただけなので、それを理解している紅も本気にはしていない。

 ただ、そんな冗談の中にも少なからず本気で言っている部分もある。
 美人で優秀な紅にはそれだけの価値があると、カムイはそう思っていた。

「ちぇ、振られちゃったか。ま、そんなことより今日のご飯はなんですか?」

「切り替えが早すぎない? ……まぁいいわ。買い物の材料である程度わかると思うけど、今日は豪勢にすき焼きよ。お肉はいっぱい買ってきたから、遠慮せずにたくさん食べてちょうだい」

「わーい、ありがとうございます!」

 肉体年齢に引っ張られているのか、はたまた無邪気な演技をしているのか、カムイはすき焼きと聞いて本当に嬉しそうだ。
 すき焼きを手作り料理と言って良いのかは微妙なところではあるが、カムイ自身がそれを紅の手作り料理だと思っているのだからそれで良いのだろう。

「材料を切って煮込むだけだし、カムイはそこで休んでいて良いわよ。食べ終わってからの後片付けは手伝ってもらうけど」

「うす、了解しました」

 手伝いは不要と言われたので、無駄なことはせずに大人しく待っていることにする。
 そうして手持ち無沙汰になってしまったカムイは、部屋の中をキョロキョロと見回してしまう。

(へぇー、ここが紅さんの部屋か。ずいぶんサッパリした部屋なんだな。まぁ、予想通りと言えば予想通りなんだけど)

 ただ、カムイはこういった物がシンプルな部屋の方が好きだった。
 物が溢れているような部屋はあまり好きではなく、どこか窮屈に感じてしまうのだ。
 そういった意味ではカムイが暮らす部屋として、紅のこの部屋はかなり良い条件であると言えるだろう。

 そして夕飯を待つこと約10分、紅が鍋を持ってカムイが待つリビングへと戻って来た。

「お待ちどうさま。さ、早く食べましょう」

 カムイは『いただきます!』と元気よく言って、パクパクと食べ始める。
 そして一度食べ始めると、美味い美味いと箸が止まることがなかった。

「これ、本当に美味いです! 紅さんはきっと良い奥さんになりますね!」

「フフッ、良い食べっぷりね。そこまで張り切って食べてもらえるなら、私も用意した甲斐があるわ。まだまだお肉は用意してあるからどんどん食べてちょうだい」

「はいっ!」

 今の状態に色々と思うことはあるカムイだったが、今この瞬間だけはこの鍋を楽しむことにしたのだった。

 

   

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