大筒木一族の最後の末裔16

「――カムイ、力を抜いてリラックスして」

 紅の甘い声が耳元で囁かれる。
 その声を聞くと、なぜか身体がすっかり硬直してしまい、もはや自分の意志では到底動かせそうになかった。
 彼女の一挙一動から片時も目が離せなくなり、早くなった心臓の鼓動が聞こえてきそうだ。

「フフッ、緊張しているの? なら、私がしっかりとほぐしてあげるわね」

 吐息が頬に触れてしまいそうな距離まで、妖艶な表情を浮かべた紅の顔が再び近づいてきた。
 そして、彼女の細い指がカムイの胸をスーっと撫でる。
 脳に今まで感じたことがないような痺れる感覚が走った。

「く、紅さん……」

 難しい考えは全て捨て去り、この心地よい快楽に全てを委ねてしまいたくなってくる。
 そんなカムイの思考を読み取ったのか、紅は笑みを深めて遂に手を徐々に下へと動かしていく……

 

 

 

 

 

「――という素晴らしい夢を見ました」

「……………………はぁ」

 話を最後まで聞き終えた彼女は、頭が痛いとばかりに抱え込んでしまった。
 カムイが『大変なことが起こりました!』と言うものだから真剣に聞いていたのだが、全てを聞き終えてみればただのエロい夢だった、と。

 何か深刻な問題が発生したのかもしれないと思った紅が、頭痛を感じて頭を抱えてしまうのも無理はないだろう。

「どうかしました?」

 その上、当の本人は何が楽しいのかニコニコと笑いかけてきている。

「……もうその話はいいから、早く朝ごはんを食べてちょうだい」

「はーい」

 ニコニコしているのは相変わらずだったが、口ではなく手を動かして朝食を食べ始める。
 昨夜のすき焼きと同様に美味しそうに食べていた。
 そんなカムイをぼんやりと眺めながら紅はふと、こんなに騒がしい朝食はいつ以来だろうかと考えていた。

 殺伐とした任務をこなしていく毎日。
 中忍である紅に与えられる任務は、そのほとんどが命が危ういような危険なものだ。
 精神をすり減らし、肉体を酷使し、いつしかそれが日常となっていた。

 そんな中、こうして誰かと朝食を食べるというのはずいぶんと久しぶりに感じる。
 しかし、決して悪い気はしないのだ。
 自分が作った料理をこんなにも美味しそうに食べてくれている、ただそんな些細ことで紅は満ち足りた気分になっていた。

「あの、紅さん」

「何かしら?」

「……おかわりってあります?」

 朝食にしては結構な量を用意したつもりだった紅だが、どうやらその予想をはるかに上回るほどの大食漢だったようだ。

「はいはい、今持ってくるわ」

「ありがとうございます!」

 紅から見て、カムイという少年は未だによく分からなかった。
 出会った当初はクールで大人びており、妙に達観した子供だと思っていたのだが、一皮剥けば本当に無邪気でよく笑う子供だ。
 年齢に似合わない卓越した戦闘能力を備え、しかしどこか抜けているところもある。

 忍として色々な境遇の子供を見てきた紅から見ても、カムイは本当に興味が尽きない少年だった。

「ところで今日はどうするつもりなの?」

「どうって、もしかして紅さんも付いてくるんですか?」

「それはもちろん。私はあなたの世話をするのが仕事だけど、その中には里の中で変なことをしないよう見張っておくというのも含まれてるわ。窮屈に感じるでしょうけど、しばらくは我慢してちょうだい」

 紅は火影からの任務としてカムイの世話役を引き受けている。
 これは日向一族がカムイの身元を保証しているからこその待遇であり、本来ならば人知れず暗部に処理されるのが普通だ。
 監視付きとはいえ、木ノ葉の里を自由に動き回れるのは特例中の特例と言えるだろう。

 一方で、それを理解しているカムイはこれが窮屈だとは思っていない。
 むしろ紅が監視役でラッキーくらいに感じていた。
 むさ苦しい男と四六時中ずっと一緒にいろと言われれば、それこそ転生眼を使ってでも逃げ出すが、相手が紅のような美人ならば喜んで監視される。

 現に今も心から紅との時間を楽しんでいた。

「いえいえ、よそ者の俺を置いてもらってるだけで十分ですよ。それに、紅さんみたいな美人が一緒に居てくれるなら、監視されていても全然構いませんし」

 恥ずかしげもなくそんなことを言ってくるカムイに、紅は思わず笑みがこぼれた。

「フフッ、お世辞でも嬉しいわ。それじゃあ今日の予定を教えてくれるかしら?」

「うーん、特に予定と言えるようなものは無いんですよね。……あ、それならナルトに会いに行きたいです」

「ナルト? ナルトって、あのナルト?」

「どのナルトかは分かりませんけど、たぶんそのナルトです。俺が始めて会った時に一緒にラーメンを食べたんですけど、何だかんだでそれから会っていないんですよ。また遊びに行くって約束しましたし、どうせなら今日会いに行こうかなと」

 すると、紅は笑顔から難しい表情へと変化させた。

 ナルトは言わずもがな木ノ葉の里の人柱力だ。
 おいそれと外部の人間に接触させてもいい存在ではない。
 個人的には今のナルトの扱いについて思うところもあるが、それが上層部の決定であるならば、ただの中忍でしかない紅は従う他ないのである。

 カムイの世話役、監視、そして警護役からの意見としては、できればナルトとカムイを接触させたくないというのが紅の本音だった。

「カムイは、その……ナルト君についてどこまで知っているの?」

「ナルトについて? あー、あいつが人柱力ってことは知ってます。それと、木ノ葉の里の人からはあまり良く思われてないっていうのも見ました。……もしかして会うのは駄目ですか?」

「駄目って訳じゃないけど……」

「大丈夫、紅さんに迷惑はかけません。今の俺の立場が危ういのも理解していますし、変なことは絶対にしないと約束します。もし紅さんに何か害が及ぶようなことになれば、俺の全てを使ってでもなんとかしてみせますから」

 その言葉からはなぜか妙な説得力があった。
 自分にはそれだけの力があると、暗にそう言っているような気がしたのだ。

 能天気だと思うこともあれば、今みたいに大人顔負けな凛々しい表情を見せる時もある。
 一体どちらが本当のカムイなのか。
 紅はより一層カムイへの関心が高まった気がした。

「……いいわよ。もし何かあっても、私が責任を取るから安心してちょうだい」

 そう言って紅はカムイを安心させるような優しい笑みを浮かべたのだった。

 

   

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