ナルトをボロアパートに送り届けた俺は、木ノ葉隠れの里のとある場所に向かっていた。
その場所とは日向一族のところだ。
日向一族と大筒木一族はどちらも大筒木ハムラの子孫であり、日向一族は当主にだけ月の大筒木一族の存在が明かされるという決まりらしい。
月には外道魔像があるため、外部にその秘密が漏れるのを防ぐためだとか。
そんな話を父から聞いた記憶がある。
しかし俺、正確には俺が憑依する前の大筒木カムイが外道魔像を破壊したので、ちょっと挨拶でもしておこうかな、という軽い気持ちで日向一族を目指している。
原作でナルトの嫁になった日向ヒナタも見てみたいしな。
「そこのお前。両手をあげて大人しくしろ」
突然背後から友好的ではない声を掛けられた。
さっきから誰かに付けられていると思っていたら、やっぱりそうだったか。
動物のようなお面をつけ、いつのまにか数人で俺の周りを囲んでいる。
あ、こいつらって木ノ葉の暗部じゃないか?
もしかしたらナルトに接触した辺りから見張られていたのかもしれない。
今思えば、人柱力であるナルトに監視の目がつけられていない筈がないからな。
……人の気配を感知するのは苦手だ。今の俺では集中していないと上手く感知できない。
今までの訓練では影分身しか相手にしてこなかったから仕方ないが、これからはそうも言っていられないだろう。
もちろん転生眼を使えば一発で分かるが、わざわざ使わずとも感知できる様に修行しないとな。
「どうかしましたか? こんなガキ相手にずいぶんと仰々しいですよ?」
ここで争うつもりは無いので、言われた通り大人しく両手をあげた。
「お前はいったい何者だ? なぜ九尾の人柱力に近づいた?」
「ん? ……あぁ、ナルトの事ですか。別に、特に理由はありませんよ」
しまった。
適当な理由が思いつかず、めちゃくちゃ怪しい事を口走ってしまった……。
仮面を被った集団が警戒を1段階上げたように感じる。
「答えるつもりは無いと、そういうことだな?」
人殺しのプロ集団が、一斉に俺に向かって殺気を飛ばしてきた。
いくら最強の転生眼を持っていたとしても、今の俺では動揺を表に出さない様にするのが精一杯だ。
とはいえ、平和な日本で育ってきたにしては上出来だろう。
「いやいや違うよ、それに俺は日向一族の関係者なんだって。そうだ、今の当主に伝えてくれるかな。『月の一族が役目を終えて帰ってきた』ってさ」
「日向一族だと? 嘘ならもっとマシな嘘をついたらどうだ?」
あれ? 俺が日向一族の名前を出しても警戒を少しも緩めずに、呆れたようにそんなことを言ってきた。
……嘘じゃないんだけどな。
「嘘ではありませんよ。たった一言、日向の当主にそう伝えるだけで良いんです。そうすれば俺が嘘をついていないって分かりますから」
俺が少し焦ったようにそう言うと仮面の男が考え込み、数秒の沈黙のあと仲間に指示を飛ばした。
どうやら俺の要望通りに日向一族の元に向かってくれたようだ。
5人いたうちのひとりが、人間離れした速度で離れていく。
いや、あの程度なら俺でも出せるな。……いつのまにか人間をやめていたようだ。
「感謝するよ仮面の人。……そろそろ両手を下げても良いかな?」
ずっと上げたままだった両手がそろそろ疲れてきた。
「……おかしな真似はするなよ。お前の事を信用したわけではない。嘘だと分かれば容赦なく拘束する」
ふぅ、この人が話しの分かる人で良かった。
最悪ここで戦闘になるかもしれなかったからな。
転生眼を使えば負けはしないだろうけど、まだ加減が上手くできない。
戦う覚悟はしていたが、避けられるのであればそうするべきだろう。
そして奇妙な緊張感がこの場を支配して数分が経過した頃、離脱していった暗部の忍が髪の長い三十代くらいの男を連れてきた。
その男の瞳は白く、この瞳が日向一族の血継限界である白眼と呼ばれるものだ。
そして大筒木一族のことを知っているということは、この男が日向一族の当主なのだろう。
「……君があの言葉を?」
「ええ、そうですよ。その様子だと、ちゃんと俺たちの一族のことは伝わっているみたいですね」
本当に良かったよ。
ここでそんな奴は知らないなんて言われれば、確実に戦闘が始まっていたからな。
日向一族の当主は、まるで信じられないものを見るかのようだったが、頭を振り払いまっすぐ俺を見据えた。
「彼とふたりで話しがしたい。報告は後日、必ず火影様に伝えるのでここは引いてくれ」
「分かっているのですか? この男が逃げだせば、いくら日向一族の当主といえど処分は間違いないですよ?」
「ああ、その時はいかなる処分も甘んじて受け入れよう」
処分を受け入れると即座に言い切る彼に、さすがの暗部とはいえ面食らったようだ。
そして、日向一族の当主にそこまで言い切られてしまえば、暗部の忍びでは言い返す事が出来ない。
「……分かりました。ここは引きましょう」
暗部の忍は渋々といった感じだったが、どうやらこの場は見逃してくれるみたいだ。
といっても、俺がこの里でおかしな事をすれば文字通りすっ飛んでくることは間違いない。
最後に俺と日向一族の当主に交互に視線を向け、夜の闇に紛れていった。
「ふぅ、助かりましたよ。日向一族のご当主さま」
「ああ、気にしないでくれ。しかし君には聞きたいことが山ほどある。立ち話もなんだし、一旦我が家に来てくれないか?」
「ええ。初めから貴方には全てお伝えしようと思っていましたし、まったく問題ありませんよ」
全てと言っても俺が憑依したことは話すつもりは無い。
上手く説明できないし、そんな事を言えば最悪日向一族が敵に回る可能性も十分に考えられる。
「そうか。ではその前に自己紹介をしておこう。私は日向一族当主、日向ヒアシだ。よろしく頼むよ大筒木の少年」
ああ、どこかで見た覚えがあると思ったら、ヒロインである日向ヒナタの父親じゃないか。
周りが薄暗いから気がつかなかった。
「俺――いえ、私は大筒木カムイです。こちらこそよろしくお願いします、当主殿」
すっと差し出された手を握り返し、お互いに握手を交わす。
「ふっ、無理しなくともいつも通りの話し方で構わない。それに私のことはヒアシでいい」
「あはは……。それは助かりますよ、ヒアシさん。俺はどうも堅っ苦しいのは慣れなくて」
俺のそんな態度に満足したのか、先ほどよりも表情が柔らかくなった気がする。
そして当主様――ヒアシさんの案内で里を進む。
俺にとっては漫画の世界だったのでどの建物も物珍しく、つい辺りをキョロキョロとしてしまう。
昼間はナルトが居たからそんな余裕はなかったしな。
「この里がそんなに珍しいか? 何処にでもある様なものばかりだが……」
「あー、俺からしたらこの里にあるものは全て新鮮なんですよ。なんせ月に住んでいたんで」
「ふむ、そういうものか。……見えてきたぞ。あそこが私の家だ」
そう言ってヒアシさんが指差したのは大きな屋敷。
漫画でもチラホラと登場していたが、実際に自分の目で見るとまた違った印象を抱く。
日向一族は木ノ葉でも優遇されている一族なので、その当主が住む家ともなれば、周りの家屋と比べてずいぶんと立派な建物だ。
俺の勝手な想像だが、こういう家はヤクザの組長が住んでいるというイメージがある。
なのでいざ目の前に立つと、小心者の俺は入るのを戸惑ってしまった。
「どうかしたか? この家では自分の家ように楽にしてくれ」
そう言われてから、俺は日向一族の豪邸に足を踏み入れた。
◆◆◆
カムイが暗部の忍に包囲されていた頃、ナルトはアパートの自室で昼間の事を思い出していた。
「今日はすげぇ楽しかったな、初めて友達ができたし……。明日もカムイと遊びたいってばよ」
誰かと一緒にいてあんなに楽しいと思ったのは初めてだった。
里の人間の多くはナルトとの事を化け物や化け狐と呼び、とてもじゃないが友好的とは言えない。
だから、ナルトにとってカムイとの時間は夢のようだった。
しかし楽しかった時間はあっという間に過ぎ去り、カムイと別れて自分の部屋に戻ってみれば、そこにあるのはいつも通り――いや、いつも以上に孤独な時間だ。
一度あの喜びを知ってしまえば、今まで以上に独りでいることが怖くなる。
愛に飢えていた、まだ子供に過ぎない少年であればなおさらだろう。
「……もう寝るか。明日もカムイに会えるといいな」
それを意識してしまえば、急に言いようもない孤独感がナルトを襲った。
それに耐えきれなくなったナルトは毛布にくるまり、早く明日が来ればいいいのにと思いながら目を瞑る。
瞳を閉じれば、昼間の楽しかった思い出が次々と浮かんできた。
今まで感じたことがないくらい幸せな気持ちに包まれながら、ナルトは夢の世界に旅立っていく。