俺は日向一族の豪邸に案内され、そのままヒアシさんの自室に通された。
すでに人払いは済んでいるようで、周りに人の気配は感じない。
「じゃあさっそくで悪いんだが、大筒木一族について知っていることを話してくれ」
「はい。ではまず、大筒木一族ですが――」
そうして俺はヒアシさんに前世のこと以外の全てを語った。
大筒木一族はすでに滅び、俺が最後の末裔だということ。父に転生眼を移植され、外道魔像を破壊したこと。
他にも細かい大筒木の歴史を俺が知る限り全てを話した。
俺の話を聞いている間はヒアシさんは一言も喋らずに、ただ黙って目を瞑り、俺の声に耳を傾けていた。
そして話し始めてどのくらいの時間が経ったのか不明だが、ようやく全てを話し終え、初めに出されていたお茶で喉を潤す。
すでに温くなっていたが、長い間話し続けて喉がカラカラだったのでとても美味しく感じた。
「……そうか」
長い沈黙から経てヒアシさんの口から出たのは、そんな短い言葉だった。
しかし、その短い言葉に込められた感情は決して薄っぺらいものではないだろう。
「まさか我らが知らぬところで、それほど大変なことになっていたとはな……。それでカムイ君、大筒木の呪縛から解き放たれた今、君はいったいどうするんだ?」
俺がこの世界で何を成すか。
そんなことはもう決まっている。
「――大筒木一族の再興。今度は一族の掟や過去の遺物に囚われることなく、何者にも縛られずに自由に生きられる場所を作りたいと思っています」
さすがにハーレムを作りたいです、とは雰囲気的にも言えなかった。
それに、これは憑依する以前のカムイの意思でもある。
カムイは唯一の肉親である父には良い感情を持っていなかった。
当然だろう。
まだ幼い自分に虐待同然の、それこそ一歩間違えれば死ぬような修行をさせられていたのだから。
そして最期には転生眼を強制的に移植し、自分の息子であるカムイの精神を崩壊させた。
これで悪く思わないはずがない。
だからこそ、自分が自由に生きられる場所を強く望んでいるのだ。
そういう感情が体の内側から溢れてくる。
「一族の再興……か。表向きには戦争は終結したことになっているが、各隠れ里の忍が水面下で動き回っている。まだ子供の君では対処できない問題も出てくるだろう」
たしかにその通りだな。
正面から闘うのであれば大抵の忍は退けることができるが、卑怯なんて言葉がない殺し合いの世界だ。
俺には圧倒的に経験が足りない。
「そこで、だ。しばらくはここに留まってみないか? 木ノ葉でならある程度の融通を効かせることができるし、木ノ葉の里にいる間は私が責任を持って君に協力する。それに、自分がどういう道を征くのかじっくり見極める時間も必要だろう」
ヒアシさんは俺の目をまっすぐ見てそう言った。
その表情から、さっきの言葉が冗談で言ったものではないと分かる。
……正直これは予想外だ。
俺が大筒木一族だとしても、所詮は先祖が一緒というだけのよく知らない相手だからな。
いっそのこと利用するため、と言われた方がまだ信用できる。
「……いいのですか? 自分で言うのもなんですけど、転生眼を持っている俺は尾獣クラスの爆弾と同じです。俺のことが木ノ葉の上層部に発覚すれば、ヒアシさんの立場が悪くなるのでは?」
転生眼は尾獣と同じ――下手をするとそれ以上に危険なものだ。
現に俺は十尾の抜け殻である外道魔像を破壊している。
そんな奴を手元に置きたがるのは単純に好意か、或いは利用するためだろう。
前者はともかく後者はろくな未来が見えない。
「『月へと渡りし我らが同胞。彼の者達が使命を遂げ、我らの元へと出づる時、新たなる日向の主とならん』これは日向一族の当主にのみ伝えられる言葉だ。だから、君が望むのなら私たち日向は君の手足となろう」
「……え?」
俺の口から溢れたのは、そんな気の抜けた声だった。
今の俺はひどく間抜けな顔を晒していることだろう。
そして元凶であるヒアシさんは、とてもじゃないが冗談を言っているようには見えない。
だからこそ困惑する。
さっきの言葉は、要するに日向一族の実質的なトップになれってことだ。
いきなりそんな事を言われても、小心者な俺には荷が重すぎる。
「いやいや、それは流石におかしいですよ」
「君は知らないようだが、日向一族はもともと大筒木一族の分家なのだ。だから、我らが君の下につくことはおかしいことじゃない」
やっと間抜け面から再起動した俺の言葉に、ヒアシさんは毅然とした様子でそう言い切った。
おいおい、マジかよ……。
そりゃ協力してくれるんなら有難いと思っていたさ。
でも、いきなり俺に従うと言われてもこっちが困る。
俺だけじゃなく、日向一族の人たちだっていきなり現れた俺に従えと言われても困惑するだろうし。
「もしも我らのことを気にしてくれているのなら、それは要らぬ心配だ。なにも君に日向の当主になれと言っているわけじゃない。表向きにはこのまま私が日向の当主としての役割を果たす。君は君で自由に動くといい」
まるで心を読んだかのように、的確な言葉で畳み掛けてきた。
それは俺の迷いを吹き飛ばすように甘美で魅力的な提案だ。
「それをして貴方には……いえ、日向一族にはどんなメリットがあるんですか? 俺にはそれだけの事をする理由が分からない。正直、俺の力を利用したいとしか思えないんですよ」
思わず頷いてしまいそうになるのをグッと堪え、俺が抱いている不信感をぶつけた。
「利用、か。ある意味それは正しい。いくら先祖代々受け継がれてきた言葉でも、今日初めて合った相手に日向の命運を託すような真似はしない。だが、君から感じるその圧倒的なエネルギー。それは今の日向には必要なものなのだ」
「……どういうことですか?」
「日向一族は変わらねばならない。このままではいずれ、我らは亡ぶ。私はそんな未来を変えたいのだ」
ヒアシさんはポツポツと日向一族の現状を語った。
分家に施される強力な呪印。
それを受ければ、二度と宗家の人間に逆らうことは出来なくなる。
言葉で言うほど簡単なものではなく、分家の人間は宗家に文字通り命を握られ、死ぬまで宗家に尽くさなければならない。
そんな歪な関係を続けていけば、積み重なった分家の不満がいずれ爆発する。
そうなれば一族の中で争いが起きてしまう。
……かつての大筒木一族のように。
その先に待っているのは緩やかな亡びだ。
大筒木一族という先例があるのだから、想像するのはそう難しいことではない。
そして日向を変えるためには絶対的な力の象徴が必要なのだと。
転生眼という反則じみた力を持っている俺は、まさにピッタリの人材だったようだ。
以上がヒアシさんが語った内容だった。
「なるほど、そういうことでしたか……」
納得だ。そういう事情と考えがあるなら理解できる。
しかし、理解できるといっても了承するというわけではない。
ヒアシさんの考えを聞いた上で、俺がどうするかを考えなくては。
まず最初に俺のメリットから。
メリットは当然、日向一族を使えることだろう。
木ノ葉である程度以上の力を持っている日向一族を従えれば、この先色々と動きやすくなる。
面倒なことは全部ヒアシさんが引き受けてくれるみたいだしな。
反対にデメリットだが……見当たらない。
強いて挙げるなら、そもそも俺が強くないと成立しないことくらいだ。
だが、俺はこれからも修行を続けていくつもりだし、こんなところで満足していないのでデメリットにはならないな。
……あれ? 断る理由なくね?
むしろこの話は受けるべきなのかもしれない。
今の俺に足りないものは多くあるが、その中でも特に目立つのが経験だ。
なので強くなるためにサポートしてくれるのは非常に有難い。
「……分かりました。この提案を受けます」
長い思考の末、俺は日向一族の主となることを決めたのだった。