ヒアシさんとの対談の後、俺は屋敷内のとある一室でくつろいでいた。
この部屋は当主であるヒアシさんの自室と同じくらい立派な部屋で、広々とした空間が広がっている。
ここを俺の自室にしてもいいと言うのだから、改めて日向一族が名門だと認識した。
「それにしても、今日は怒涛の1日だったな……」
月から飛び出してきて、原作主人公のナルトに出会い、そして日向一族の主となった。
前世を合わせてもこれほど濃密な日を過ごした経験は無い。
「それに、明日はヒアシさんと戦うことになったし」
そうなのだ、ヒアシさんは俺との模擬戦を望んだのだ。
俺としても、今の時点で自分がどれだけやれるのかを知る良い機会だから喜んで了承した。
あまり不甲斐ない結果を残せば、さっきの話が白紙に戻りかねないため本気でいくつもりだ。
本気でいくといっても、転生眼を使うつもりはない。
せっかくの機会なのだから、それ以外の力で戦ってみる予定だ。
十分に勝算もあるしな。
俺の勝算――それは大筒木カムイの記憶だ。
俺は戦闘経験が圧倒的に少ないが、カムイは違う。
影分身ばかりを相手にしていた俺とは違い、毎日のように父親に鍛えられていたのだから。
思い出せる記憶はどれも激しい組み手や、強力な術の応酬。
ズルしているみたいだが、俺はその時のカムイの動きや術をトレースできる。
つまり、憑依する以前のカムイの戦闘力に限りなく近くことができるのだ。
そしてそこに転生眼を得た事で、莫大なチャクラを自在に操れるようになった。
だから、すでに忍の中でも上位の力を持っていると思っている。
「ま、俺の勘違いかもしれないけどな」
勘違いかどうかは明日わかるだろう。
もっとも、勘違いならばそれはそれで構わないと思っている。自分が弱いなら、これから強くなればいいだけだからな。
幸いにもこの身体の潜在能力は凄まじい。
そこに転生眼が加わるのだから、強くなれないとすれば俺の努力不足でしかない。
明日の勝負、ヒアシさんは勝敗は気にしないと言っていたが……負けられない。
俺の初めての戦いなんだ。負けなんて決して許されない。
大筒木カムイの本能とでも言うべきなにかが、そう俺に訴えかけてくるのだ。
「……俺が勝つ。絶対に、な」
窓から見える月が、眩しいくらいに光り輝いていた。
◆◆◆
「では用意はいいか?」
「はい。こっちはいつでも大丈夫です」
日向一族の敷地内にある中庭。今そこに、俺とヒアシさんが臨戦体制で向き合っていた。
皮膚がピリピリする感覚、これが本当の戦闘か……。
チャクラ量では圧倒的に勝っているはずなのに、こうしてヒアシさんを目の前にすると威圧感で押し潰されそうになる。
……やはり戦争を生き抜いた忍は違うな。
「ふむ、では先手は譲ろう。どこからでもかかってきなさい」
「ではお言葉に甘えて――はあっ!」
真正面から突っ込む。
もちろんこのままでは簡単に迎撃されてしまうだろう。……しかし!
「多重影分身の術!」
両手の指を十字に交差させてそう叫ぶ。
俺とまったく同じ姿の分身が4体現れ、本体を合わせて合計5人になった。
ヒアシさんを囲むように散らばって一斉に攻撃を仕掛ける。
「たしかにスピードも術の発動速度も素晴らしい。だが、日向一族に伝わる柔拳はカウンターを得意とするのだ。八卦掌回天っ!」
「なっ!?」
ヒアシさんを中心にドーム型のチャクラの壁が発生した。
あまりの威力に影分身が全て解除され、本体である俺も吹き飛ばされた。
なんとか受け身をとって体勢を立て直そうとした時、すでに肉薄していたヒアシさんから追撃を受けてしまう。
「私が君に先手を譲ったのは、決して君を侮っていたからではない。むしろその逆。確実に攻撃を当てるために有利な後手に回ったのだよ」
その後も子供を相手にするかのように上手くあしらわれた。
どんな戦法を使おうが、奇をてらった術で気を逸らそうとしてもまるで通じない。
俺はもうボロボロで、身体中が悲鳴をあげていた。
――だめだ。こんな戦いは大筒木カムイに相応しくない。
そんな声が聞こえた気がした。
……そうだ。いったい俺は何をやっているんだ。無様に負けるなんてことは許されない。
大筒木カムイに、敗北の二文字は無い!
「……ほう、目つきが変わったな。やっと転生眼を出す気になったか」
転生眼? そんなもん出したら一瞬で勝負が決まるっての。
俺もヒアシさんを舐めていた部分があるが、ヒアシさんも俺の持つ転生眼を甘く見過ぎだ。
だが、これは俺が大筒木カムイであるために必要な戦いなんだ。
これから先、転生眼に頼ってばかりでは勝てない相手も出てくるだろう。
そういう時のためにもこの戦いは、転生眼を使わずに勝ってみせるさ。
それにヒアシさんはかなり強いが、カムイ本来の動きをすれば決して勝てない相手ではない。
今不利な状況になっているのは俺という異物が足を引っ張っているからだ。
なら答えは簡単――ひとつになればいい。
実は、以前からチャクラを練る時に壁のようなものを感じていた。
あまり考えないようにしていたが、その壁が俺とカムイの境界線なのだろう。
俺は無意識のうちに、カムイと混ざり合うことを恐れていた。
今度は自分が消えてしまうんじゃないか、とな。
しかしそれも今日でおしまい。俺は本当の意味でカムイになる。
たとえそれで俺の自我が消えたとしても仕方ない。
そうして生まれた俺もカムイなのだから。
「っ! これほどか……」
体内を巡っている精神エネルギーと身体エネルギーをごちゃ混ぜにし、チャクラを練り上げていく。
すると、白眼を使用していたヒアシさんの驚きの声が聞こえてきた。
通常は精神エネルギーと身体エネルギーを練り上げることで忍術を発動させる。
しかし、今までは精神エネルギーと転生眼から流れてくるエネルギー。この二つで無理やりチャクラを練っていた。
これではカムイの動きを再現できなくて当然だ。
「すいません、やっと目が覚めました。それから感謝しますヒアシさん。この戦いで俺は、本当の意味で生きていく覚悟ができました。俺はもう負けません」
ずっと身体に感じていた違和感が消え去り、嵌められていた枷が無くなったようにも感じる。
ずっと白眼で俺のチャクラの流れを見ていたヒアシさんは、俺のことを信じられないものを見るかのように目を見開いていた。
「一応言っておきますが、俺はこの戦いで転生眼の能力を使うつもりはありません。転生眼ばかりに頼っていては、今以上に強くはなれませんから」
「……そうか。少し残念だが、今の君を見れただけでも十分だ。――では、今度はこちらから行くぞ!」
そう言うと弾丸のような速度で俺に向かってくる。
さっきまでの俺ではこの速度で動かれれば目で追うことはできても、対処することは出来なかった。
それが今では、身体の反応がすこぶる良い。
「八卦空掌! 柔拳法・八卦百二十八掌!」
突っ込んできた勢いのまま手のひらから衝撃波を飛ばしてきた。
そしてそれを躱せば、まるでその行動を読んでいたかのように続けて攻撃を仕掛けてくる。
やはり読み合いではヒアシさんに分があるな。
高速で繰り出される連続攻撃は、そのどれもがチャクラの流れの起点となっている点穴を的確に狙ってきていた。
――だが!
「ば、ばかな!? この攻撃を全て捌ききるなどあり得ない!」
どれほど速く動いても、今の俺はそれ以上の速度で反応して反撃できる。
今までは身体エネルギーを最低限しか使っていなかったからな。
むしろ最低限しか使っていないのにも関わらず、あれだけの動きができた俺が異常だっただけだ。
そして動揺で隙が生まれたヒアシさんに、今度は俺が『柔拳法・八卦百二十八掌』をやり返した。
……俺は“昔から”一度見た術は使えるようになるんだ。
「なに!? 今度は私の技を習得したのか!?」
そう驚きながらも、ヒアシさんは始めの攻撃はなんとか防いでいた。
しかし徐々攻撃を受けるようになっていき、点穴を突かれて次第にチャクラが練れなくなっていく。
そしてついに膝をついた。
……勝負ありだ。