「やはり私の目には狂いはなかった。君の力があれば日向を変えられる」
勝負の決着がつき、開口一番にヒアシの口から出たのはそんな言葉だった。
その顔は先ほどの戦いで敗北したとは思えないような清々しい顔をしており、反対にカムイは初めて通常の手段でチャクラを練った影響からひどく疲れた様子だ。
「……ええ、改めてこれからよろしくお願いします」
なんでこんな元気なんだろうか、と不思議に思いながらも、カムイはヒアシから差し出された手を握り、固い握手を交わした。
ギブアンドテイク。
カムイは目的のために日向の協力を得られ、日向は転生眼を持つカムイを後ろ盾にできる。
お互いに得のある話なのだから、今さらカムイが拒否する理由は無かった。
「それにしても強いな、君は。私はこれでも日向の宗家として厳しい訓練を潜り抜けてきたんだが……自信を無くしてしまいそうだ」
「いえ、ヒアシさんが初めから俺を潰すつもりで戦っていたら、俺は何もすることができずにボロ雑巾みたいになってましたよ。最後まで貴方が俺の土俵で戦ってくれたからこそ、俺は成長することができたんです。本当にありがとうございました」
カムイの表情は憑き物が落ちたように晴れやかなものだった。
ある意味では憑き物が落ちたというのは間違っていない。
今まではこの世界の大筒木カムイと日本で生まれ育った自分は別人だと思っていたため、上手く身体エネルギーを扱えていなかった。
言ってみればそれは身体に括り付けられた重りのようなものだ。
本体であれば意識せずとも扱える身体エネルギーを、別世界からカムイの体に憑依したという特異性により、今まではまったくと言って良いほど使えていなかったのだから。
そんなカムイがチャクラを使えていたのは、転生眼からカムイの体に流れてくるエネルギーと自らの精神エネルギーを無理矢理混ぜ合わせた結果だ。
もちろん言葉で言うほどそれは簡単なことではない。
カムイはまだ気づいていないが、彼自身チャクラの扱いには天賦の才がある。
その才が無ければ、たとえ転生眼を持っていたとしても以前の歪な状態ではチャクラを練ることなどできなかっただろう。
「では今から火影様と面会して欲しいのだが、構わないか?」
さらっとヒアシの口から出た言葉に軽く目を見開いた。
「火影様って木ノ葉の里のトップですよね? 俺みたいな素性も知れない奴が、そんな簡単に面会なんてできるんですか?
「ああ、心配はいらない。実は昨日の時点で火影様に連絡を取っていた。おかしな真似をしなければ暗部が飛び出してくることも無い」
そう言われてカムイは、昨夜の暗部に囲まれた事を思い出して顔を歪める。
平和な日本では感じたことの無い濃密な殺気。
それをいきなり5人から向けられたことは、カムイの中で結構なトラウマとなっていた。
「暗部が出てこないのは助かりますね。……わかりました。火影様には俺からなんと言えば良いですか?」
「火影様にはカムイ君のことを日向一族の血を引いていると言ってある。だから木ノ葉にしばらく逗留させたいとな。大筒木一族である以上、あながち嘘というわけでもないからそれほど怪しまれないだろう」
そう言われて考え込むカムイ。
たしかに自分は大筒木一族なのだから日向一族と遠い親戚となるだろう。しかし、だ。カムイの中身は日本で生まれ育った平凡な男なのだ。
いくら戦いの才能が開花しつつあるといっても、腹芸などできるはずもない。
ましてや相手は、いくつもの修羅場を潜り抜けてきたプロフェッサーとまで呼ばれる忍だ。
カムイはそんな相手にハッタリを貫き通す自信が無かった。
「……ちゃんとフォローはしてくださいね? 情け無い話ですけど、俺は父には戦闘以外のことを教わっていません。だからいつボロが出てもおかしくないです」
ただの一般人であったカムイの精神では、これから行われる話し合いに参加するだけで参ってしまう。
一応死ぬ前は社会人だったので会議に参加することもあったのだが、これから始まるのは文字通り自分の将来をかけたものなのだ。
どう考えても精神的にかかる負担が違っていた。
「もちろんフォローはするさ。それにそこまで緊張しなくとも大丈夫だ。大まかな内容は既に火影様に通してあるし、今回は君の顔見せ程度に考えてくれ」
その言葉を聞き明らかにホッとした表情を浮かべるカムイ。
しかしそれと同時に、ならば最初からそう言ってくれれば良いのでは?という感情も生まれた。
若干恨めしそうにヒアシを見ていると、彼がフッと笑みをこぼす。
「ああ、すまないな。君を見ていると、とてもじゃないが見た目通りの年齢には見えなくてね。そういう忍は何人も見てきたが……そういう者たちの多くは早死にする。しかし、君には子供らしい一面もしっかりあるようで安心したよ」
そう言われると複雑な気持ちになるカムイ。
自身の精神年齢が高いのは生前の記憶があるので当たり前なのだが、しっかりと子供らしい部分もあると言われると多少情けない気もするのだ。
そしてそのことを伝える訳にもいかず、もどかしい気持ちが心の中で燻っていた。
その様子がそのまま顔に出ており、それを見たヒアシがますます自分の心配が杞憂だったと思うのだが、その事実は知らぬ方がカムイにとって幸せだろう。
「それじゃあ早いとこ行きましょう。できれば今日のうちにチャクラ操作のコツを掴んでおきたいですから」
「君のチャクラ操作は、既に並みの上忍を超えているのだが……まぁ良い。では行こうか」
ヒアシの口から出たその言葉は紛れも無い本心だった。
あの戦いで最後にカムイが行った体内のチャクラ操作。
それは並みの上忍が行えば制御することができずに内から破裂するか、あるいは経絡系がズタズタになり二度とチャクラが練れない身体になっていてもおかしくなかった。
それほどまでに莫大な量のチャクラを練り上げ、そしてそれをカムイは身体に纏わせていたのだ。
目の前にいる少年は自分がどれほど高度なことをやり遂げたのかまるでわかっていない。
これで更に転生眼とやらの力を完璧に制御できれば、それこそ日向だけでなく世界を一変することも可能だろう。
もっとも、そんなことをさせるつもりはヒアシには一切なく、またカムイもするつもりは無い。
ヒアシは良くも悪くも日向の一族の当主なのだ。
世界をより良いものにするより、日向の未来を守る方がずっと大切に思っている。
そしてカムイも一族再興という名のハーレムを優先させるだろう。
そして、そんなふたりはあっという間に火影の執務室がある忍者学校――アカデミーに到着した。
(ここが木ノ葉の里のアカデミーか。……思っていたよりも普通だな)
アカデミーを見上げながらそんなことを思うカムイ。
たしかに高層ビルが立ち並ぶような世界と比べるとややインパクトに欠けるかもしれない。
だがこの世界基準では十分に立派であり、周りを見てもこの建物が一番目立っている。
歴代の火影の顔が彫刻がされている巨大な火影岩と並ぶ、木ノ葉のシンボルと言えるだろう。
実際、このアカデミーは里の力を他里に見せつけるという役割を担っているのだから。
「さあ、こっちだ。……念のため警戒は怠るな」
ヒアシのその言葉に疑問を抱きながらも頷く。そして……言葉の意味を理解した。
少し周囲の気配を探れば、かなりの人数に監視されていることが分かる。
それもどの気配もそれなりの使い手だ。
さっきまでの気を抜いていた状態では、察知することができないのも無理はない。
カムイは自分が監視に気がつかなかったという事実を重く受け止め。自分の頰をパンッと叩いて気合いを入れ直す。
以前から自分は非戦闘時の警戒が疎かになる傾向があった。
平和な日本ではそもそも命の危険など滅多になく、常に警戒するという感覚がイマイチ掴めなかったのだ。
しかし、できないことは仕方がない。
今後の課題として頭に刻み込み、気持ちを切り替える。
「さ、行きましょう」
そう短く言い放ったカムイには、ヒアシでさえ思わず怯んでしまいそうになるほどの覇気が宿っていた。
既に油断は霧散し、まるで戦場に立っているかのようにも見える。
その姿に安心したヒアシは火影の執務室へと歩き始めたのだった。