「ほぅ、君がヒアシが言っておった日向の血縁者という子供じゃな。既に話はある程度聞いておるから、好きなだけこの里に滞在すると良い。……だが、一応監視として人を付けさせてもらうぞ。まぁ、案内人程度に思っておいてくれ」
そう言って三代目火影であるヒルゼンはキセルをふかした。
ヒルゼンの様子からはカムイを警戒しているようには感じない。
それこそ、念のために人を付けるという言葉通りの意味でしか受け取ることが出来なかった。
しかし目の前にいるのはプロフェッサーとまで呼ばれている老獪な忍。
ここで油断しては、まさに相手の思う壺だとカムイは気を引き締める。
「はい、余所者である私を置いて頂けるだけで十分です。監視を付けることも当然でしょう。火影様の寛大な配慮に感謝します」
ヒルゼンに向かって素直に頭を下げるカムイ。
それが好印象だったのか、ヒルゼンは好好爺のような笑顔で大きく頷いた。
「ほっほっほ、そう硬くならんでも良いぞ。お主からは忍特有の雰囲気がまったく感じられん。戦闘力はかなりのものだろうが、だからと言って木ノ葉の都合にお主を巻き込むつもりは無い。それよりも――ナルトのことじゃ」
ずん、と空気が重くなったようにカムイは感じた。
温和だったヒルゼンの視線が鋭いものへと変わり、嘘は許さないとばかりにカムイの瞳を見つめてくる。
視線を向けられるだけで、これほど冷や汗が溢れ出してきたことがあっただろうか。
「あの子がこの里にとって、非常に重要な存在であることは知っておったのか?」
「……はい。ナルトは九尾の人柱力ですよね?」
「それが分かっていて何故ナルトに近づいた? お主は阿呆ではない。自分の立場が悪くなることは分かっておったのだろう?」
ヒルゼンにそう問いかけられ、カムイはなんと答えればいいのかと悩む。
カムイがナルトに話し掛けたのは、言ってしまえば気まぐれだ。
子供が寂しそうにひとりで居たから声を掛けた。ただそれだけ。決して深い考えや邪な気持ちを抱いていたわけではない。
しかし、だ。余所者がたまたま人柱力であるナルトと親しくなったが、特に目的や理由は無い。そんな話をそのまま伝えて信じてもらえるのだろうか。
ただ、ここで下手に誤魔化せば要らぬ詮索を受けることになるだろう。
相手は自分よりも遥かに経験豊富な三代目火影。つまらない嘘を吐けば、取り返しのつかないことになるのは想像に容易い。
そこまで考えたカムイは、結局全てを正直に話すことにした。
「俺は寂しそうにしている子供と遊んだだけですよ。信じて貰えないかもしれないですけど、打算や何かしらの思惑があったわけではありません」
「――ま、分かっておったがな」
ヒルゼンがあっさりとそう言うと張り詰めていた空気が元に戻った。
カムイが訳も意味もわからず戸惑っていると、隣にいたヒアシの声が聞こえてくる。
「……火影様、いくらなんでも揶揄いすぎですよ。彼はまだ子供、それに忍として育てられたわけじゃない。もう少しやり方があったのでは?」
「ほっほっほ、肩に力が入り過ぎておるようじゃったから、ワシなりにほぐしてやろうと思ったんじゃが……どうやら逆効果だったようだの」
まるで悪びれもせず、笑いながらヒルゼンはそう言い放った。
先ほどの圧迫感は自分が揶揄われていただけなのかと安心する一方、果たして本当に冗談だったのかとカムイは疑問に思っている。
あの眼は決して嘘は許さないという意思が込められた眼だった。
もし、あのとき適当な嘘を吐いていれば自分はどうなっていたのか……。
そんなことをカムイが考えていると、扉の方からトントンとノックする音が聞こえてきた。
「火影様。夕日紅、ただいま参りました」
「おぉ、よく来てくれた。入ってくれ」
すると『失礼します』と礼儀正しい声が聞こえ、20歳ほどの女性が部屋の中に入ってきた。
その女性は黒髪を胸の辺りまで伸ばしており、若々しい可愛らしさと妖艶さを両立させている美女だ。
カムイは彼女が原作キャラである『夕日紅』だと知っている筈なのだが、原作よりも若く綺麗な彼女に見惚れてしまい、気がつくのに時間が掛かってしまった。
「紅よ、この少年が日向の血縁者であるカムイじゃ。しばらくこの里に留まることになったので、その間の世話をお主に任せる」
「はっ、かしこまりました」
「えっ……え!?」
目の前の美女が自分の監視任務に就くと聞いて驚くカムイ。
そしてヒルゼンの口から出た彼女の名前を聞いてやっと思い出し、二度も驚いてしまう。
今まで冷静だったカムイの慌てようにヒルゼンとヒアシは目を丸くした。
「なんじゃ、紅では不満か? 彼女は若くして中忍まで上り詰めた優秀な忍だぞ?」
ヒルゼンのそんな言葉に、当然紅は面白くないような表情を浮かべてカムイを見る。
するとカムイは慌てて否定を口にした。
「ち、違いますよ。俺はその……女性とあまり接することが無かったので、これほどの美人が側に居るのは緊張してしまうと思ったんです。決して紅さんに不満があるわけではありません」
まさか原作知識で彼女のことを思い出しました、とは言えずにそんな言い訳を口にしてしまう。
気恥ずかしさで顔が赤くなってしまったのが言い訳の真実味を上げたのか、この場にいる紅を含めた3人が一斉に微笑ましい顔を向けた。
(く、くそぉ。こんな童貞臭いことを口走ってしまうなんて……恥ずかしさで死にそうだ)
カムイの年齢ならば先ほどの言い訳もおかしくは無いのだが、彼の中身は元々大学生だったのだ。
だからこそ、先ほどの自分の発言は顔から火が出るくらい恥ずかしかった。
カムイは前世でそれなりに女性経験はあったし、いくら美人でも見惚れるというのは初めてだった。
それは紅が今まで見たことが無いほどに美人だったのか、あるいはこれが精神が肉体に引っ張られているという証拠かもしれない。
「フフフ、じゃあ貴方の相手は私で良いのかしら?」
「え、ええ。むしろこっちからお願いしたい位ですよ」
余裕の大人の笑みを浮かべる紅に対して、半分自棄になっているオロチ。
そんな子供っぽさも紅には好印象に映るのだった。
◆◆◆
「……よろしかったのですか? いくら日向の当主からの願いとて、あの者は明らかに怪し過ぎます」
「あの少年、カムイは決して他国のスパイでは無い。それとも――お前はワシの言うことが信じられぬのか?」
「っ!」
ヒルゼンは暗部の忍に鋭い視線を向ける。
その暗部の忍はいくつもの修羅場を潜り抜けてきた歴戦の猛者だったのだが、三代目火影であるヒルゼンの鋭い眼光の前に怯んでしまった。
しかし流石は精鋭部隊である暗部の忍。怯みはしても声を上げることは無かった。
「ワシを信じろ。あの者は信に値する者じゃ」
「……御意」
そして暗部は部屋から音も立てずに姿を消した。
部屋にひとり残ったヒルゼンはキセルをふかしながら一息つき、自身が孫のように大切に想っているナルトのことを考える。
本来ならナルトは九尾からこの里を救った英雄として讃えられるはずだった。
しかし、里の者たちはナルトのことをバケモノ扱いし、しまいにはナルトを九尾の化身のように罵っているのだ。
火影という立場からおおっぴらに手を差し伸べることも出来ず、もどかしい思いを何度もしている。
しかし、一番辛いのはナルトだ。
里の人間には誰からも必要とされず、愛を知らない。
これほど悲しいことは無いだろう。
だからこそヒルゼンは、どうかナルトの心の拠り所となって欲しいという密かな願いを込め、カムイの滞在を許可したのだ。
「ワシにはこのくらいしか出来ぬ。すまん……ナルト、ミナト」
気づけばヒルゼンの頬には一筋の涙が伝っていた。