「探したぞ、紅!」
穏やかではない声を上げながら早足で向かってくる若い男。
そいつには見覚えがあった。
俺が知っている姿よりもかなり若いが、間違いなく前世で見たことがある顔だ。
確か名前は――猿飛アスマ。
現在の火影である猿飛ヒルゼンの息子であり、既になっているかもしれないが木ノ葉の上忍となる人物である。
更に原作では一時期ナルトに性質変化というチャクラ操作の指南を手解きした忍で、その腕前は上忍の中でも上の方だと言われていた。
そして何より、この猿飛アスマこそが紅さんの恋人だった男だ。
ただ、ここまで彼のことを知っていても直接顔を合わせたのはこれが初めてなので、迂闊なことを言えば面倒なことになりかねない。
とりあえず知らないフリをして適当に話を合わせておいた方が無難か。
「誰ですか、あの人。紅さんの知り合いとか?」
「……えぇ、一応知り合いよ。でも私とはなんの関係も無い人だから、カムイも相手にしなくていいわ」
「なんだよその言い方。ちょっと喧嘩したからって、こんなガキなんかと一緒に暮らすなんておかしいだろ!? いいから、一度ちゃんと話し合おうぜ?」
「アスマ、あなたと話す事は何もないわ。早く帰ってちょうだい。あなたの居場所は木ノ葉ではなく、大名の所でしょうに」
紅さん珍しく苛立っているようだ。
今から数年後の未来ではかなり甘酸っぱい関係になっているはずなんだけど、どうやらこの二人はまだ良好な関係ではないらしい。
もしくはちょうど仲違いしている時期とか。
「なっ!? ……おいおい、そんな言い方ないだろう。わざわざお前に会いに来たんだから、もう少し対応ってもんがあるんじゃないか?」
「いいから帰って。私、今のあなたとは話したくないから」
まぁ、どちらにせよ俺にとっては好都合だ。
紅さんを俺のハーレムに加える上での一番の障害は、間違いなくこの猿飛アスマなので、出来れば早いうちにその憂いを払拭しておきたい。
確実に原作から外れてしまうが、今更なのでもう何とも思わんな。
「俺が守護忍十二士に選ばれたことの何が不満なんだよ。あそこなら俺の本当の実力を見てもらえるし、この里にいるよりもそっちの方が火の国に貢献出来る。だから、里の為にも俺が守護忍になるのは――」
必死に紅さんに言い募るアスマだったが、当の紅さんは深いため息を吐いてこれ以上話したくなさそうにしている。
ふむ、『守護忍十二士』というのは聞いたことがあるような無いような……。
アニメでそんな話を観た覚えはあるんだけど、正直あまり印象が無かったのか覚えていない。
名前からして何となくエリートっぽいのはわかるけど。
「なぁ、とにかく二人だけで話そう。だから俺と一緒に来てくれよ」
そう言って痺れを切らしたアスマは紅さんへと強引に手を伸ばした。
おっと、それはちょっと見過ごせない。
紅さんへと伸ばされたその腕を、俺が横から掴んで阻止する。
そして、彼女を後ろに庇うように二人の間に無理やり押し入ってやった。
すると腕を掴まれたアスマは不快げに顔を歪め、今にも殺すと言わんばかりにこちらを睨みつけてきた。
悲しいことだが俺とアスマに身長差がある分、見下ろされてしまうのが微妙に格好がつかないな。
「離せ。いくらお前が子供だろうと、これ以上大人の話し合いに首を突っ込むのなら痛い目に合わすぞ」
「困っている女性を助けるのに、子供も大人も関係ありませんよ。それに今のアンタは冷静さを失っているようだ。頭を冷やして、また日を改めてから訪ねてきたらどうですか?」
「くっ、お前はちょっと黙っていろ!」
俺に掴まれていた腕を振り払い、もう片方の腕で殴り掛かってきた。
「危ない!」
紅さんの悲鳴に近い声が聞こえてくる。
俺の知っている猿飛アスマは冷静な人だったけど、若い頃はそうでもなかったらしいな。
ただ、本来のこの人の実力だと実際に戦ってみないとどうなるかわからないが、怒りに支配された今の彼なら余裕で捌けそうだ。
身体を軽く後ろに逸らして拳を避ける。
俺が回避したことに一瞬驚いていたようだが、すぐさま次の攻撃が飛んできた。
「っと、いきなりですね。あまり強引に女性に迫っても嫌われてしまうだけですよ? 男ならもっと余裕を持ってなきゃ」
「紅に取り入っただけの他所者が偉そうに!」
こちらからは反撃せずに回避に専念しているのだが、次第にアスマの攻撃が鋭さを増していっている。
一撃一撃がまともに食らえばれば吹き飛びそうなほどの威力を持っており、最初は喧嘩の範疇だったものがもはや殺し合いのような戦闘になっていた。
チッ、流石に強いな。
そろそろ俺からも攻撃しないと一方的にやられてしまいそうだ。
でも、ここでやり返すのが本当に正しいのかはわからない。
今一番大事なのは紅さんの気持ちで、もしも彼女が本当はアスマとの話し合いをしたいと思っているのなら、俺は完全に邪魔者となってしまうからだ。
俺とアスマでは一緒にいた時間が違いすぎる。
残念だけど、今はまだ完全に俺の味方をしてくれるとは限らないからね。
下手にギクシャクした関係にはなりたくないんだ。
そんなのになるくらいなら、今のままでいた方がずっと良い。
「少し落ち着いてくださいよ。そんなんじゃ、紅さんだって話したくなくなるでしょ」
「お前に紅の何がわかるんだ!」
何とか落ち着かせようといしてみたが、その結果今までよりも攻撃の手がさらに苛烈になってしまった。
わぁお、まさに火に油だったか。
マジでどーしよ。
本気を出せば今のアスマなら半殺しくらいには出来ると思うが、そんなことをして紅さんに嫌われたら悲しすぎる。
とはいえ、俺を倒すことに躍起になっているであろうアスマは脇目も降らずに攻撃してくるし……いっそ、ここは俺が適当にやられておいた方が良いか?
それならアスマへの好感度が下がるだけで済むし。
「――アスマ。それ以上やるなら私が相手になるわよ」
どうしようか悩んでいた俺を救ったのは、そう言って凛とした表情を浮かべている紅さんだった。