大筒木一族の最後の末裔41

「チッ、ガキが調子に乗りやがって……! 今すぐぶっ殺してやる!」

 本物の殺意。
 それを全身で受けた俺は足が竦みそうになるのを抑え、冷静にやるべきことを実行に移す。

「はぁああッ!!」

「なっ……!?」

 全身にチャクラを流して身体能力を底上げし、その強化された拳を相手の身体も中心に目掛けて解き放つ。
 殴り飛ばすのではなく突き刺すようなイメージだ。
 膨大なチャクラによって底上げされた俺の力は人間の身体など容易に貫く凶器になる。
 それは小手先の技術ではなく、単純な力による暴力。

 今の自分にできる、一番効率の良い殺傷方法だった。

「く、クソが……こんな、こんなガキにぃ……」

 その言葉を最期に討伐対象の忍は確実に息絶えた。
 生温い不快な感触が右手からダイレクトに脳へと伝わってくる。
 視覚、嗅覚、触覚、それら全てから来る情報で頭がパンクしそうだ。
 はっきり言って気持ち悪い。
 吐くほどではないまでも、きっと今の自分の顔を鏡で見れば過去にないくらい顔面蒼白になっていることだろう。

「大丈夫か?」

 そんな声でふと我に返った。
 俺はついさっきまで人間だったモノから腕を引き抜き、ベットリとこびり付いた血を手拭いで拭き取ろうとする。

「……全然取れねーし」

 しかし、いくら力を込めて擦っても中々綺麗に汚れは落ちてはくれなかった。
 血ってのはこんなに取れないもんなのか。
 拭いても拭いても腕は綺麗にならないくせに、手拭いの方はすぐに真っ赤に染まってしまうのだから意味がわからない。
 おまけに気付けば右手だけではなく左手まで血で汚れてしまっていた。

 ――ヒトゴロシ。

 まるで世界からそう言われ、自分を否定されているような感じだ。
 死に際の顔を思い出してますます鬱屈な気分になってきた。
 早く忘れようと必死になって何度も何度も手拭いで腕を擦っていると、その腕をふいに誰かに掴まれる。
 顔を上げると白髪の男がこっちを見下ろしていて、ようやくそこでカカシ先生の顔をしっかりと視認した。

「向こうに川がある。まずはそこで血を洗い流そう」

「え、あぁ……はい」

 そして、腕を引っ張られて川まで連れて行かれた。
 連れていかれた先の川の水で洗ってもすぐには落ちなかったが、ただ擦るよりも格段に血が流れ落ちていく。
 自分の肌の色が見えると俺は胸を撫で下ろしていた。

「大丈夫か?」

 ついさっきと同じ質問がカカシ先生の口から飛んでくる。
 今の俺はそれだけ参っているように見えるんだろうな。
 まぁ、その通りではあるんだけど。

「大丈夫……って言いたい所ですけど、少し休みたいですね。単純にチャクラも結構使っちゃったし、それ以上に胸がムカムカする。血の汚れを落としたら多少マシにはなりましたけど」

「人を殺したのはこれが初めて、だよな?」

「……ええ、そうです」

「ならその反応は正しい。初めて人を殺して何も感じないという奴は狂っているからな。だからお前はまともだよ。今はゆっくりと時間をかけて、心を落ち着かせるんだ」

 心を、落ち着かせる。
 カカシ先生にそう言われるまで全く気付かなかったけど、そういえば今の俺は自然と呼吸が浅くなって激しい動悸に襲われているな。
 手足の感覚もあまり無いし、これでは冷静になんてなれる筈もないだろう。
 自分が思っていた以上に余裕が無かったらしい。

 だからまず、深く深呼吸をした。
 排気ガスなんて一切無い綺麗な空気を肺いっぱいに吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
 また吸って、吐く。
 それを繰り返している内にようやく胸のムカムカが取れてきた気がした。

 ……ふぅ、ようやく頭の熱が収まったかな。
 カカシ先生のおかげで必要以上に取り乱さずにすんだ。
 先生を付けてくれた三代目には一応感謝しないとな。
 もっとも、この任務を言い渡してきたのが三代目だということを忘れた訳ではないのだけども。

「とりあえず、これで任務完了ですよね?」

「ああ。――ひとつ目の、だがな」

 あー、そうか。
 まだ残っているのか。
 三代目からの指令では討伐するべき忍が三人だった。
 期間は特に定められてはいないが、そりゃ早ければ早い方が良いのだろう。
 時間を掛けすぎれば抜け忍の足取りが追いにくくなってしまうから。
 
「……じゃあ行きますか」

「本当に大丈夫か? 別にここで無理はしなくても、しっかりと準備を整えてからでも決して遅くはないぞ?」

「今から里に戻っていれば抜け忍もその間に移動してしまうかもしれない、というかほぼ間違いなく移動するでしょう。俺は怪我をした訳じゃないからまだ戦える。ならこのまま叩きましょう。それに――」

 カカシ先生がいれば楽勝でしょ?
 と、そう言って俺は任務の続行を提言したのだった。

 

   

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