大筒木一族の最後の末裔42

 俺が初めてカムイの姿を見たのは、彼がナルトと一緒に里の中を出歩いている時だった。

「おい、見てみろよ。化け狐が誰かと一緒に歩いてるぞ」

 ──化け狐。

 それが誰に向けられた言葉なのかは明白だ。
 九尾を身体に封印され人柱力となった少年、うずまきナルト。
 化け狐とはその子供のことをを指したものである。

「……チッ、あれはカムイとかいうよそ者だ。最近よく化け狐とつるんでるガキで、俺たちみたいな一般市民にも容赦なく攻撃してくる異常者だよ。全く、どうして忍連中はあんなの放置しているんだか」

「なんだよ、それ。どうして忍たちはさっさと捕まえねぇんだ。おかしいだろ?」

「俺が知るかよ。とにかく、あのガキがいる時は下手に関わらない方が良い。怪我をしたくなければな」

 里の人間の会話を聞き、表情には出さなかったが不快な感情が湧いてくる。
 なんの罪も無い子供に里の大人たちが悪意を向けているのだから当然だろう。
 そして、同時にナルトと一緒にいるというカムイという人物に対して興味が出てきた。

「あのさ、あのさ! オレってば今日こそカムイに勝てる気がするってばよ!」

「流石にまだ無理だろ。てか、前にも同じことを聞いた気がするぞ。確かそん時は落とし穴を用意して自分で引っ掛かっていなかったか?」

「今日こそマジだってばよ!」

「ははっ。なら、もしも俺に勝てたら一楽のラーメン好きなだけ奢ってやるよ」

「ホントか!? うっしし、その言葉絶対に忘れんじゃねーぞ!」

「はいはい、勝てたらな」

 まるで仲の良い兄弟や友人のように並んで歩く二人の少年。

 あれが噂のカムイか。
 どうやら彼は何処かの里の忍……という訳ではなさそうだが、身体や歩き方を見る限りではかなりの使い手に見える。
 暗部が放置している以上はある程度信頼できる人物ということ。

「化け狐が調子に乗ってんじゃねぇよ……!」

 一体カムイとは何者なのかと思案していると、視線の先にいる男が不穏な行動を取っている事に気付くのが一瞬遅れてしまった。

 その男は地面に転がっている石ころを拾い上げ、あろう事かそれをナルトに向かって放り投げたのだ。
 いくら一般人とはいえ大の大人が幼い子供に投げればそれは立派な凶器となる。
 それにあの二人から男は完全に死角で、恐らくまだ気付いていない。

 あまりに突然の出来事で里の中だと油断してしまっていた俺は咄嗟に動けなかった。

「がぁっ!? い、イテェ……!」

 僅かに鮮血が飛び散る。
 しかし、悲鳴を上げたのはナルト──ではなく最初に石を投げた男だった。
 右足を押さえて転げ回っており、みっともなく涙を流している。
 忍からすれば大した事のない怪我ではあるが、戦いとは無縁そうなあの男には耐え難い苦痛だろう。

 いや、それよりも今はあの少年のことだ。
 驚くべき事にあのカムイという少年は、完全な死角から飛んで来た石を難なく掴み取り、そこからほとんどタイムラグ無しで男に向かって投げ返したらしい。
 それも隣に歩くナルトには一切気取らせずに、である。

「それでさ、ネジのやつが──」

 ナルトは自分が危険な目にあいそうだったとは微塵も思っていなそうだ。
 それだけカムイという少年を信頼しているという事か。
 確かにあれだけの実力があれば、里の人間がナルトをどうこうしようなんて真似は不可能だろう。

 そして、安心すると共に沸々と負の感情が胸の中で膨れていくのを感じる。

 九尾の人柱力であるナルトは里内で迫害されていると噂で聞いていたが……まさかこれほど酷いとは夢にも思わなかった。
 ナルトは四代目火影様の遺児。
 それを知っている者は里の中でも限られた一部しか知られておらず、上層部の方針によりその事実が里の人間に知らされる事はない。

 俺は昔、ミナト隊長……ナルトの父にはかなり世話になった。
 命を救われた事だってある。
 だからこそ恩人の息子であるナルトを守ってやりたいと思うが、暗部の任務で里に居ない時間の方が多い俺にはナルトを悪意から守ってやる事は難しい。

 楽しそうなナルトの表情がかつてのミナト隊長の顔と重なり、俺は自分の無力さに嫌気が差して二人を見つめたままその場から動けなかった。

 

 ◆◆◆

 

 今日は暗部の仮面は付けていない。
 その状態で初めて彼の前に姿を見せる。

「お、貴方は暗部のお兄さんじゃないですか。ようやく顔を見せてくれるんですね」

 別に驚いて欲しかった訳ではないが、彼は俺を見てすぐさま正体を言い当ててしまった。
 声や背丈、髪色などで判別しているのかその言葉には確信めいたものを感じる。
 まぁ、バレているのであればこれ以上隠す必要もないな。

「今は暗部としてじゃなく、上忍の『はたけカカシ』としてここにいるからな。と、いうことで俺の名前ははたけカカシだ。改めてよろしく、カムイ」

「こちらこそよろしくお願いします。ところで、カカシさんがここにいるってことは俺の任務に同行してくれる上忍ってカカシさんですか?」

「ああ。今日からの任務は俺も同行させてもらう。基本的には一人で任務をこなしてもらうが、危なくなればツーマンセルとして俺も参加することになる。だからそこまで緊張することは無いぞ」

 本当は火影様に自分から立候補したんだが、わざわざそれを伝える必要はないだろう。

「貴方がいてくれるなら頼もしいです。よろしくお願いしますね──カカシ先生」

「……先生?」

「はい、任務について教わる立場なので先生と呼ぼうかと。駄目ですか?」

「駄目じゃないが……」

 そうまっすぐな目で見られると不思議と何も言えなくなってしまう。
 容姿は全く似ていないのに、カムイの目を見ているとなぜかミナト隊長を思い出すのだ。

「それじゃあ早速行きましょう。カカシ先生」

「あ、ああ。そうだな」

 先生と呼ばれるのは正直こそばゆいが、決して悪い気はしなかった。
 俺もいずれはなれるのだろうか。
 ミナト隊長のような本当の意味で仲間を守れる忍に。

 

   

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