カムイとヒアシは帰路についていた。しかし、行きとは違ってもうひとり同行者が増えている。
夕日紅。
二十歳ほどの年齢の目が覚めるような美女であり、木ノ葉の中でも優秀なくノ一だ。
若々しさと妖艶を両立させた美貌を持つ彼女は現在中忍とはいえ、数年のうちに上忍への昇格が噂されるほど。
そんな人物が自分の監視係という名の世話役に任命され、当然カムイは平静ではいられなかった。
(確かに俺はハーレムを目指してはいる。でも彼女は人妻だったはず。いくら俺でも、他人の女には手を出したくはない……)
原作の紅は猿飛アスマという男性と結ばれている。
戦争でアスマは死ぬことになるが、それでも彼女が愛しているは間違いなくアスマただひとりだろう。
「……それで紅さん。その、近すぎないですか?」
「そんなことないわ。このくらい普通よ、普通」
普通と言う紅だったが、カムイとの距離は実際かなり近かった。それこそ歩くたびに紅の長い髪の匂いが香ってくるほどに。
美人が近くにるというのは本来であれば喜ぶことだ。現にカムイも今の状況を嫌がってはいない。
だが、こうしていると猿飛アスマの顔がよぎってしまい、ひどく罪悪感に駆られてしまうのだ。
「俺の見た目が子供だとしても、彼氏とかが見たら勘違いしちゃいますよ?」
「……私に彼氏なんていないわよ」
「えっ! ホントに!?」
紅の言葉にカムイは思わず声を上げてしまう。
(どういうことだ? 原作では猿飛アスマと……そうか! 今は原作よりも数年前だから、結婚どころか付き合ってすらいないのか!)
今が自分の知っているNARUTOの原作よりも数年前だということを思い出し、ひとりで納得するカムイ。
そしてこれはチャンスだ、と考えた。
原作を見る限りではアスマと紅の間に割って入ることは無理だろうし、カムイ自身がそれをしたくないと思っている。
しかし二人が付き合ってすらいない今の段階ならば、自分にも十分に勝機はあると考えたのだ。
「なによ、君まで私を魅力が無い女って言うつもり?」
「いやいやいや! 紅さんを魅力が無いなんて言ったら、それこそ世界中の女性に魅力が無いってことになりますよ!」
紅の言葉を慌てて否定するカムイ。
カムイのその言葉に嘘はない。
紅の容姿は誰が見ても整っているどころか、前世では見たことがないくらいの美女なのだ。
そんな女性に対して魅力が無い女などとは口が裂けても言えなかった。
「フフフ、そう? なら良いのだけど」
紅はカムイが慌てているのを見て、今度は満足そうな笑みを浮かべた。
それを見て自分が揶揄われたのだと悟り、次はカムイが半目で彼女を見る。
「ごめんごめん、カムイの反応が初々しくて楽しくなっちゃったわ。お詫びにお団子でも奢ってあげるから許して、ね?」
「……まぁ、別に良いですけど」
前世の記憶があるために、精神年齢が同じくらいの女性に初々しいと言われるのは複雑だが、こうして素直に謝られると怒るに怒れなくなる。
これも美人ゆえの特権だろう。
すると、そんな二人のやり取りを後ろで眺めていたヒアシは、自分が居ては邪魔になるだろうと気を利かした。
「ならば私はこの辺で失礼する。屋敷内の君の部屋はそのままにしておくから、いつでも気軽に遊びに来てくれ。紅、カムイ君を頼んだぞ」
「はい、お任せくださいヒアシ様」
「……? ありがとうございました、ヒアシさん」
ヒアシのいつでも遊びに来てくれ、という言葉に違和感を覚えるカムイ。
自分と日向一族は協力関係にあるので、今後も日向の屋敷で寝泊まりさせてもらう予定だった。
ヒアシ自身もカムイが屋敷に住んでも良いと言っている。
しかし先ほどの言い方では、まるでカムイは別の場所に住むと言っているようだった。
カムイが首を傾げているのを知ってか知らずか、ヒアシは二人から離れていってしまう。
「さぁ、早く行きましょ……って、何をそんなに不思議そうな顔をしているのよ」
「ヒアシさんのあの言い方だと、俺は今晩から何処で寝泊まりすれば良いんだと思って……」
「ああ、そんなの私の家に決まっているじゃない」
「…………ほぇ?」
カムイはそんな間の抜けた声を上げた。
また冗談なのだろうと紅を見るが、彼女は妖艶に微笑むだけ。
次第にこれは冗談では無いと理解していき、それと比例するかのように顔が赤く染まっていく。
「ちょ、ちょっと待った! いくらなんでもそれは不味いです。子供とはいえ俺は男、紅さんだって変な噂を立てられたくないでしょ!?」
「大丈夫よ。人の噂なんてそのうち無くなるだろうし、私は困らないわ」
あっけらかんと言い放つ紅にカムイは何も言い返せなくなる。
子供だからと信頼されているのか、もしくは単純に揶揄って遊んでいるだけなのか。
(ま、待てよ。俺の目標はハーレム、もとい一族の再興だ。まさに彼女は飛んで火に入る夏の虫。このまま紅さんの側にいれば交流する機会も増える。そう考えれば悪くない!)
「ま、まぁ俺は紅さんが良いのなら構いませんよ? それよりも早く団子を食べに行きましょ!」
「フフ、はいはい。今行くわ」
カムイの言葉をただの強がりと受け止め、紅は仕方ないとばかりに微笑んだ。
そそくさと進むカムイの後ろをついて行くが、そのカムイが突然振り返った。
「……団子屋ってどこですか?」
「――ぷっはははは! やっぱりカムイって面白いわね。団子屋はこっちよ、行きましょう?」
紅は恥ずかしそうに尋ねてきたカムイに思わず声を出して笑ってしまった。あれだけ迷いなく進んでいたのに、迷子になっていたとは流石に予想外だ。
そして、まさに穴があったら入りたい状態になっているカムイの手を掴んでそのまま歩き始めた。
「……手を繋ぐ必要はあるんですか?」
「逸れたら困るでしょ。どうやらカムイはこの里に詳しくないみたいだし」
「ぐぬぬ」
迷子となってしまったばかりの自分では何を言っても無駄だろう。そう思ったカムイは唸るしかできなかった。
そもそも口では紅に勝てる気がしない。
自分がなにを言っても今のままでは墓穴を掘るだけだろう。
なのでカムイは、いっそこの状況を楽しむことにした。
紅は急に元気になったカムイに一瞬だけ面食らった表情を浮かべたが、彼女も今までの妖艶な笑みではなく、可愛らしい笑顔を見せたことで見事にカムイは撃沈したのだった。