「ほっ、ほっ、ほっ」
今のうちに念入りに準備運動をしておく。
前世の身体とは違って急に動いたくらいでは筋肉を痛めるとかは無いけど、こうやってしっかりと身体をほぐしておいた方が動きやすくなるからな。
実戦とは違ってちゃんと開始の合図があるんだし、尚更やらない理由は無い。
まぁ、俺だけしかやっていないからかなり浮いているけどさ。
君らは運動する前に準備運動からって教わらなかったのか?
「……おい、あいつはどうする?」
そうして一人でストレッチをしていると、遠くからコソコソと会話をする声が聞こえて来た。
あれは一次試験の会場で俺に話し掛けてきた少年がいるチームだな。
俺はそのまま相手に悟られないように耳を澄ます。
「とりあえずあいつは放置だ。情報が少ない今、迂闊に手を出すのは危険すぎる。潰すなら別のチームを狙った方が良い」
「でもあいつは一人だぜ? 俺たちが一斉に襲い掛かれば倒せるんじゃ──」
「駄目だ。俺たちは極力、あの男とは離れて試験を進める。いいな?」
「わ、わかったよ」
彼らの会話によると、どうやら俺は標的にはせずに見逃してくれるらしい。
リーダー格の少年が俺のことを警戒してくれているようで、仲間の意見を否定してまで他を狙うように提案してくれている。
うんうん、物分かりが良いやつは好きだよ。
お互いにとってもその方がプラスになるだろうし、その調子で仲間たちをしっかり説得してやってくれ。
俺も出来れば同じ木ノ葉の人間を蹴落としたくはないしね。
ちなみにこの聴力は元々の身体能力である。
小声で話すくらいじゃ筒抜けになる安定の最強ボディは今日も絶好調だ。
そして、そんな俺の耳には他のチームの情報も入って来る。
「……ふーん、何組かは早くもチーム同士で同盟を結んでいるみたいだな」
聞こえて来たのは異なるチームが接触し、協力を取り付けたと話す声だった。
試験を突破する為の条件は目的地に到達する事で、他のチームを蹴落とすのも協力し合うのも自由。
合格の人数制限が無い以上、合理的に考えればチーム同士で協力する方が試験を突破しやすいのは間違いない。
ただ、ここで重要なのは最終的に俺たちは試験を突破する事が目的なのではなく、中忍となることが目的だという点だ。
他のチームが脱落すればその分自分たちが中忍に昇格出来る可能性が上がる。
この試験の性格が悪いのはそこで、皆んな仲良く合格なんて甘い事を最後まで許されないんだよな。
俺は基本的に初対面の人間を信用できないから他の奴らに協力を持ちかけるなんて無理だ。
背後から襲われるかもしれないと常にビクビクするより、最初から一人で周囲の警戒を行なっていた方が遥かにマシだしね。
ほんの少しだけ、自分から声を掛けようかと思わないでもなかったが、俺に対する警戒心が高くてマトモに協力し合えるとは到底思えない。
だからとりあえず考えている作戦としては、スタートの合図が出た瞬間に飛び出して、周りの奴らとは距離を取るという方法を実行しようと思っている。
飛び出せば確実に狙われるだろうが、攻撃される前に距離を離してしまえば何も問題は無い。
一人で試験に参加しているという理由で既に目立ってしまっているし、どうせこの第二試験が終われば後は個人戦だ。
森の中で徒党を組んで襲われる可能性を考えれば、最初から派手に動いてでも他のチームを引き離しておいた方が後々有利になるだろう。
気がかりなのは試験官が言っていた、蜘蛛。
それにさえ出会わなければ今のところ不安要素は無いかな。
もっとも、その蜘蛛の居場所や目的地への方角だって、白眼を使えばすぐにわかるから大丈夫だとは思うが。
「そろそろ開始時刻だ。各自、準備はいいな?」
っと、考える時間はここまでか。
ここからは更に気を引き締めていかないと。
「──それではこれより、第二試験をスタートする!」
その開始の合図と同時に、俺は先んじて駆け出した。
「お先に失礼」
「なっ!?」
後ろから慌てた声が聞こえてくるが、俺はそのまま速度を加速させた。
チャクラで身体能力を強化しているから景色がものすごい勢いで変わっていく。
ターザンも真っ青な移動速度である。
それじゃあ、俺は一足先にゴールさせてもらうよ。
バイバイ。