気配を消して木の上でうたた寝……もとい観察していた俺は、蜘蛛共が巣を作っていた場所からの戦闘音を聞いて飛び起きた。
「おやおや? ようやく誰かが蜘蛛に仕掛けたと思ったら、あいつら俺に話し掛けてきた連中じゃないか?」
白眼で現場を確認してみると、そこには蜘蛛と戦っている三人組の姿があった。
その三人組とは唯一俺に接触してきた男がいるチーム。
俺の中では一番好感が持てるチームであり、困っていたら助けてあげようかなーと密かに考えていたが、まさか本当に彼らが来るとは思わなかったな。
「お、でも結構良いチームワークじゃん。これなら俺が手を貸さなくてもギリギリ倒せるかも?」
彼らはそれぞれ自分の役割を果たして上手く連携し、順調に蜘蛛を追い詰めていた。
その証拠に蜘蛛の身体には多くの傷が刻み込まれているが、三人の方には目立って怪我は見当たらない。
個人の強さはそこまで高くはないけど、それをチームワークでちゃんと補っている。
恐らく小隊の指揮をしているあのリーダーっぽい男が優秀なんだと思う。
もう少し様子を見て、何も問題が無さそうなら素通りさせてもらおうかな。
これが他の奴らなら速攻で囮にしていたところだが、俺は妙にあの男を気に入ってしまっているらしい。
一応は同期ってことになるのだから仲良くしたいものだ。
「……あちゃー、仲間の忍が捕まっちゃったか。あのまま撹乱しつつ削っていけばいずれ倒せただろうに、中々倒れないから焦ったのかな?」
ところがたった今戦況が一変する。
蜘蛛が吐き出した糸に足を絡め取られ、仲間の一人が捕まってしまったのだ。
遠距離から少しずつ削っていく戦い方に徹していれば蜘蛛の方が先に力尽きていただろうに、陣形が崩れたことでそこから一気に形勢が逆転した。
おっ、でも流石リーダーさんは優秀だな。
すぐに動いて蜘蛛の注意を引き付け、無事に仲間を救い出した。
だが、どうやら蜘蛛に対する恐怖心が膨れ上がってしまい、もはや戦おうという意識が無くなってしまっているように見える。
物語的にはここで都合良く能力が覚醒して窮地を脱するものだが……現実はそう上手くはいかない。
劇的なパワーアップなんて起こらないだろうし、三人が無事に逃げられるかどうかすら怪しいものだ。
仕方ない。
彼らにちょろっと助け舟を出してからゴールに向かうとしよう。
結局戦う事になってしまったが、蜘蛛の注意が完全に向こうを向いている今なら威力の高い忍術を叩き込み放題だ。
カカシ先生との手合わせで使用したあの技を直撃させれば一撃で倒せると思う。
え、俺なら真っ向からでも蜘蛛と戦えたんじゃないかって?
ヤだよそんなの。
蜘蛛がワンチャン俺よりも強い可能性だってあったし、もしもてこずれば卑怯な考えを持った連中が漁夫の利を得ようとするかもしれないだろ?
ズル賢い奴というのは何処にでもいるから、どれくらい強いか分からない蜘蛛との戦闘は出来るだけ避けておきたかったのだ。
現に俺もこうして漁夫ろうとしているしね。
まぁいくつかそれっぽい理由を挙げてみたが、一番の理由は至極単純で、俺が蜘蛛を苦手にしているからである。
小さい蜘蛛ですら気色悪いと思うのにあんな馬鹿みたいにデカい奴の相手なんてしたくない。
もし戦うとしたら遠距離から忍術を叩き込み続ける事になっていただろう。
あ、てか今気付いたけど影分身に蜘蛛を攻撃させれば良かったのでは?
そうすれば数の不利なんてお釣りがくる。
何なら最初からそうしていれば試験を突破する事も余裕だった筈だ。
「……うん、まぁゆっくり休めたから良しとしよう。終わり良ければ全て良し、ってな」
それより、もたもたしていると彼らが蜘蛛にサクッと殺されてしまいそうだ。
ここで死なれると非常に寝覚めが悪い。
反省会は後にして今は早くあいつらを助けてやらないと。
「影分身の術、と。よしっ、それじゃあ後は頼んだぞ」
分身を一体だけ出して突撃を命令した。
オリジナルの命令に逆らうことは今まで無かったんだが、今回はあからさまに不服そうな表情を浮かべている。
「うげぇ、あのキモい奴を攻撃すんのかよ……。俺が蜘蛛を嫌いだって知ってるだろ? ホント勘弁して欲しいぜ」
「どうせ後から経験を共有するんだから辛いのは俺も一緒だ。頑張ってくれ」
「はいはい、頑張りますよ。ったく、最初から自分で行けっての」
俺の分身は本当に嫌そうな表情を浮かべながら蜘蛛の元へと移動を始めた。
すまんな、俺。
嫌なのは痛いほど分かるがこうするしかないんだ。
幸運を祈る。
そうして分身体を見送った俺はゴール地点である建物へと向かった。
息を潜めてこっそりとね。
その途中で派手な爆発音が後ろから聞こえてきたが、俺の分身体は無事に彼らを助けることが出来ただろうか。
未だに影分身が解除されていないってことは大丈夫だと思いたいが……。
「ま、何とかなるだろ」
少し心配ではあったが、俺は足を止めることなくそのまま移動を続けるのだった。