道中にさまざまなハプニング――カムイにとって嬉しいような恥ずかしいような――が起こったが、無事に木ノ葉の里で一番と評される団子屋に到着した。
紅も実際に来るのは初めてらしく、周りから聞く評判がすこぶる良いので以前から来たいと思っていたようだ。
そしてその団子を食べ始めると……評判以上の味であった。
「う、美味い……美味すぎますよ、この団子!」
「あんまり急いで食べると喉に詰まらせちゃうわよ?」
紅が呆れたように注意するが、それでもカムイは自分の腕を止められなかった。
それほど美味いのだ、この団子は。
当然カムイも前世で団子は食べたことはある。しかし、この団子はまさに別格である。
見た目は普通の三色団子であり、特別美味しそうに見えるわけではない。
だが、口に入れた瞬間に広がる程良い甘みや、固すぎず柔らかすぎない噛みごたえ。
団子として完璧と言っても良いとさえ思う。
(たかが団子と思っていたけど、いくらなんでもこれは美味すぎる……!)
ナルトと食べた一楽のラーメンも十分に美味しかったが、カムイはこちらの団子の方が好きだった。
だからパクパクとかなり早いペースで食べている。
しかし紅が注意したように、団子というのは下手をすれば喉に詰まらせてしまう食べ物だ。
最悪それで命を落とし、団子を喉に詰まらせて死亡というバトル漫画の世界であるまじき不名誉な死因を晒す羽目になってしまうだろう。
いくら最強の転生眼を持っていようとも関係ない。
そしてカムイのように次々と口に放り込めば当然……
「――か、かふっ……!」
喉に詰まらせても不思議じゃない。
呼吸が出来なくなったカムイの顔色が急激に悪くなっていく。
紅に助けを求めようにも、声を出せずにパニックになっていてジタバタすることしかできなかった。
少しでも冷静な思考が出来ていればお茶を飲むなり、紅の肩を揺すって助けを求めれば良いのだが、この時のカムイは突然呼吸困難に陥ってしまってそこまで考える事が出来ない。
視界がボヤけていき『もうダメだ……』と思った時、そこでようやくカムイの様子がおかしい事に紅が気づく。
「え!? ちょ、カムイ!? ほ、ほらお茶よ!」
紅はすぐにカムイが団子を喉に詰まらせていると分かり、慌てて湯呑みを口の前に持っていきお茶を飲ませた。
ゴク、ゴクゴクと音を立ててお茶が喉を流れていく。
「――ぷはぁあああ。死ぬかと思った……」
喉に詰まっていた団子は無事にお茶で流され、新鮮な空気を取り入れたカムイの顔色が元に戻った。
一度は三途の川が見えたものだが、紅の冷静な対処のおかげでなんとか九死に一生を得たカムイ。
もしも隣に彼女が居なければ、今頃最悪の死因で天に召されていたかもしれない。
命の恩人である紅に礼を言おうと彼女の方へと視線を向けると、そこには笑顔でブチギレるという器用な真似をしている紅の姿があった。
彼女からしてみれば、一緒に食事をしていた相手がもう少しで死んでいたかもしれないのだ。
それも自分が注意していたにもかかわらず、団子を喉に詰まらせるという呆れた理由で。
紅が怒るのも無理はない。
そして、その姿を見たカムイの額から一筋の汗が流れた。
「ねぇカムイ、私はちゃんと注意したわよね? 団子を喉に詰まらせて窒息死なんて、今時小さい子供でもやらないわよ?」
ゴオォォォ……!という擬音が聞こえそうなほどの怒気を紅から感じる。
浮かべているのは笑顔な筈なのに、カムイにはそれが般若の形相にも見えた。
そんな紅を前にして、精神年齢が肉体に引っ張られているカムイが、咄嗟に言い訳を口にしてしまうのも仕方のないことかもしれない。
「……逆に考えてみて下さい。これほど俺を夢中にさせたこの団子の方が悪いのであって、むしろ死にかけた俺は被害者なのでは?」
しかし、カムイが良い放ったのは誰が聞いても首を傾げるような言い訳だった。子供でももっとマシな言い訳を思いつくだろう。
それを言ったカムイ自身、さすがにこれは無理があると思った。
すぐに撤回して心配をかけたことを謝ろうとするが、思いのほか紅の反応は悪くない。
「……そう。確かにこの団子に罪があるのかもしれないわね」
「じ、じゃあ――」
かなり苦しい言い訳だったのだが、何故か紅はカムイに都合のいい言葉をかけた。
それによって一抹の希望を抱き、紅と同様に笑顔を浮かべ……次に彼女が発した言葉でその表情がピキッと凍りつく。
「だからカムイは今後一切団子禁止ね」
ニコリと綺麗な顔で告げられたのは、カムイにとって死刑宣告にも等しい言葉だった。
前世ではそこまで団子が好きというわけではなかったが、ここの団子はカムイが夢中になるほど美味しいのだ。
それこそ死にかけてなお、まだあの団子が食べたいと思うくらいに。
故に団子禁止令はカムイにとってこれ以上ないほどに効果的だった。
「紅さん」
「何かしら?」
カムイを見つめる紅は相変わらず笑顔ではあるが、その奥に秘められている怒気は変化していない。
むしろカムイが下手な言い訳を口走った分だけ増しているようにも感じられる。
だからこそ、ここでカムイが取るべき行動はひとつだけだった。
「めちゃくちゃ反省してるんで、それだけは勘弁してください」
素直に謝ること。それが何よりも有効である。
紅はカムイを心配してここまで怒ってくれているのだ。
自分を心配してくれた者に対して言い訳してしまったのは不味かったと反省し、今度は誠心誠意頭を下げて謝罪する。
そんなカムイを見た紅は大きくため息を吐き、そしてポンッと軽く頭を叩いた。
叩いたと言っても痛みなどなく、ほとんど撫でたと同じようなものだ。
「次からは気をつけなさいよ? 」
そして紅の口から呟かれる呆れたような、それでいて優しげな声。
「はいっ! もちろんです! ご心配をお掛けしました」
紅からお許しが出た瞬間、カムイは先ほどの真剣な表情は何だったのかと言わんばかりに、けろっとした態度で紅に向き直った。
「……はぁ、まったく調子がいいんだから」
そう言いつつも紅は僅かに笑みを浮かべている。
もちろん、その笑顔には怒気などは一切含まれていなかった。
二人の間に心地良い沈黙が流れ、そしてお互いの目が合うと大声で笑い始めるのだった。