秘密結社ニューワールド。
それがテロ予告をした組織の名前だ。
しかし、このテログループの実態はほとんどが不明で構成員の人数も本拠地の場所も、さらには目的まで分かっていない。
にもかかわらず、ニューワールドがもたらす世界への影響は絶大と言われている。
なぜなら、こいつらは世界中で人助けのような事を行なっていて、彼らの事を英雄視する者が多く存在するからだ。
ある時は内戦が勃発している国の貧困に喘いでいる者たちに救済したり、またある時は世界的大企業が行なっていた非道な人体実験を世間に公開したり。
そんな彼らがテログループと呼ばれているのは、各国に都合が悪い事であっても隠す事なく世間に公表するし、国家に対して敵対行動を何度も行なっているからだ。
だが、俺はネットで言われているほど清廉潔白な連中ではないと思っている。
「えーっと、確かこの辺りに……あった!」
本棚が倒れて本が散乱している場所から1つのファイルを拾い上げ、パラパラとファイルをめくりながらその資料を見返していく。
このファイルは俺が一時期ニューワールドについて興味を持ち、独自に調べていた時に作成した資料だ。
と言っても、個人で調べるにはやはり限界があり、所詮は素人が作った不確かなモノでしかない。
ただ、素人にしてはそこそこ詳しく調べられていると思っている。
そして調べてみて分かったことだが……ニューワールドが行ってきた多くの善行はそのほとんどが別の目的があった可能性がある、ということだ。
貧困に苦しんでいる者たちを救ったのは、その地域に眠る地下資源をスムーズに獲得するため。
現地人の協力を得られれば、それだけで大きな力になるからな。民衆の力は時として凄まじいものになる。
それに、そもそも内戦を起こしたのはニューワールドだ、なんて噂も出ていた。
他にも、非道な人体実験を暴いたのは優れた科学者を確保するため。
実際、この騒動の後に数人の科学者とその家族や恋人が行方不明になっているらしい。
ニューワールドは優れた科学者を常に欲しているという噂だ。
流石にどんな目的があるのかはわからないが。
この2つは数ある黒い噂の中でも裏が取れているのでほぼ間違いない。
本当にどれもこれもタイミングが良すぎるんだ。
まるで見計らったようなタイミングで現れ、最低限の労力で最大限の見返りを掻っ攫っていく。
――他にも黒い噂がゴロゴロあるが、他は決定的な証拠が残っていなかったので確認が取れなかった。
ネット上でのニューワールドに対して批判的なカキコミは誰かが意図的に削除していて、おそらくニューワールドの連中が削除しているんだろう。
「そういえば、こいつらの事を熱心に探っていた奴と連絡が取れなくなって、ビビって調べるのを止めたんだった……」
その人物とは特別に親しかった訳ではないが、偶に情報を交換するくらいには関わりを持っていた。そんな奴と急に連絡が取れなくなり、俺はニューワールドを嗅ぎまわる事を止めたんだ。
世界中でニューワールドを探っていたジャーナリストが失踪している、なんて噂も出ていたしな。
もっとも、その噂も自然に立ち消えていき、今ではネット上にはそれに関するカキコミは存在していない。
……その上、嫌な予感もしていた。
昔から俺の直感は外れた事がないから、その時は大人しく手を引いたんだ。
まぁとにかく、そんな不気味なテロ集団が最近とある予告を出した。内容は――
「『世界再生』か……。まさかとは思うが、今の状況のことじゃないよな? いくら何でも、たかが人間の技術でここまでの事が出来るわけがない」
奴らが予告したのは『世界再生』。
これがどういう意味なのか、俺を含めてほとんどの人間が分からなかっただろう。今でも理解不能だ。
けれど、今のこの状況がニューワールドの言う『世界再生』なのだとしたら……。
いや、それはありえないか。
百歩譲ってゴブリンやドラゴンはまだ分かる。……いや、分からないが、それでもとんでもない技術力で生物兵器を造った、と言われればそうなのかと納得する。
だが、ステータスは別だ。
『ポイント獲得』やら『ポイント交換』。これは明らかに今の科学力では再現不可能だろう。『ファンタジーだから』と言われた方がまだ説得力がある。
……いくら考えても答えは出ないな。
それよりも、これからどうするかを考えた方が良いか。
明日の行動予定を頭の中で組み立てていく。
もうすぐ日が落ちるから外を出歩くのは危険だ。だから、明日の朝一で近くのコンビニから出来るだけ現金を下ろす。
今の俺の命綱は『ポイント獲得』と『ポイント交換』だからな。
今のところ、現金をポイントに交換する事が一番効率が良い。幸い、金には困っていないし。
正直に言って、よく理解出来ていないスキルというモノに頼りきりになるのは、まだ少し不安だ。
だが、このスキルがなければ俺は間違いなく死んでいた。
この騒動がどこまで続くのか分からない以上、使えるものはなんでも使っておきたい。
あのゴブリンの死体だってこのスキルのお陰で――
「ん? そういえば最初のゴブリンって何処からこの部屋に入ったんだ? よくよく考えてみれば、この部屋の戸締りをしていなくても、このマンションのセキュリティはかなりしっかりしているから入って来れないはずなんだが……」
色々あったから忘れていたが、俺が子供に間違えたあのゴブリンの事をふと思い出した。
いきなり殴り掛かってきた為とっさに反撃してしまい、その結果死んでしまった。
初めは子供を殺してしまったと絶望したが、よく確認すれば人間ではなく、殺してしまったという罪悪感よりも死体処理の方法をどうするかと頭を悩ませた迷惑な奴だ。
そんなゴブリンだったのだが、今考えると腑に落ちない。
もちろん存在自体が腑に落ちないし理解不能なのだが、そういう事ではなく……あいつは一体どこから現れた?
マンションの外から侵入したとは考え難い。
エントランスにはセキュリティがあり、このマンションに住んでいる人にしか解除出来ないのだ。
そして、もしこのマンションの住人にあんな気色の悪い奴を入れる変人は居たとしても、俺が住んでいるこの部屋は9階だ。
態々エレベーターか非常階段を使わなければたどり着けない。
「ということは、あのゴブリンは初めからこのマンションに居たか、突然現れたって事になるが……」
自分で言った言葉に怖気づき、嫌な汗が背中を流れる。
そして頭の中にひとつの疑問が浮かんできた。
――このマンションに居るのは、俺が殺したゴブリン一体だけだったのか?
以前から住み着いていたのか、突然出現したのかは分からないが、あの一体だけだというのは非常に考え難いのではないだろうか。
だとしたらこのマンションの中も安全とは言えなくなる。
少なくとも、この階に住んでいる人たちの部屋に化け物が出現していないかぐらいは確認しておくべきか。
そう思い立ち上がろうとした時、ドンドンドン!と、ドアを叩く音と切羽詰まったような男性の声が聞こえてきた。
「秋月君! 居るなら返事をしてくれ! 気味の悪い連中が私たちの部屋に……や、やめ――」
ドゴッ。
人の声がしたと思えば、次に聞こえてきたのは鈍器で殴られたような鈍い音。
自分の心臓がドクンドクン、とうるさいくらいに主張してくる。
おそらくさっきの声は、この階の住人である村田さんだと思う。
村田さんは奥さんと二人で住んでいる人が良さそうな5、60代くらいの夫婦で、ほとんど自炊しない俺を見かねた村田さんの奥さんが、晩御飯のおかずなんかをよく分けてくれた。
そんな村田さんの追い詰められたような声。そして、あの鈍い音。
最悪の想像が頭をよぎる。
「……落ち着け。動揺しても良い事なんて何も無い」
なんとか心を落ち着かせる。そして念のため台所から包丁を持ち出し、それを握りしめてゆっくりと玄関の方へと向かう。
出来るだけ音を立てないようにドアの覗き穴から外の様子を確認してみると、そこには数体のゴブリンが何かを囲むように固まっていた。
「…………ッ!」
ゴブリンが囲っているものを見た瞬間、思わず息を呑む。
見慣れた顔。だが、夫婦そろっていつもニコニコしていた面影はもはや無く、瞳に光が灯っていない虚ろな表情だった。
そしてゴブリン達は彼に齧り付き、その肉をグチャグチャと咀嚼していた。
知り合いが文字通りの意味で食われているのを見て、激しく動揺する心を無理矢理抑えつける。
そして、状況を把握する事に全神経を集中させた。
頭に浮かんできた村田さんの虚ろな表情を振り払うかのように。