ボリボリと一心不乱に食事を続けているバケモノ。
ゴブリンと同じような見た目だが、その姿はゴブリンどころか成人男性よりも一回り大きく、筋肉の
鎧に身体が覆われている。
体長もおそらく二メートル近くはあるだろう。
感じる圧力も普通のゴブリンとは全く比較にならないし、さっきまでの戦闘のように簡単にはいかないだろうな……。
これから起こるであろう命がけの戦闘を想像し、自分の表情が固くなるのを感じた。
逃げれない、よな。だってあいつが食っているのって……。
――やめろ。余計なことは考えるな。
今はあのクソ野郎をぶっ殺すことだけを考えるんだ。
頭の中を即座に切り替える。
奴は食事に夢中でまだ俺に気づいていない。
あんなボディビルダーみたいな筋肉をしているゴブリンと殴り合うなんて、普通の体型の俺では命がいくつあってもお断りだ。
一撃で沈む自信がある。
だったら背後から忍び寄って、首筋にこの包丁を突き立ててやる。
そうすればいくらあの筋肉ゴブリンだって死ぬだろう。
それが一番リスクを最小限にして、あの筋肉ゴブリンを殺せる手段だ。
むしろそれ以外は思いつかない。
右手の包丁を逆手に持ってぎゅっと握り締め、奴の背後に忍び寄っていく。
奴はまだ俺に気がつかない。
そして、大きく振りかぶり包丁を突き立てる!
よし、いける!
そう思ったが、奴の首筋に突き立てたはずの包丁はパキンと音を立て折れてしまった。
「なにっ!? がっ――」
振り返ったゴブリンと目が合った瞬間、体に強い衝撃を受けて吹き飛ばされ、気がつけば壁に叩きつけられていた。
その衝撃で体内の酸素が全て抜けて、起き上がることさえ出来ないほどのダメージを受ける。
今、なにが起こった?
奴と目が合ったと思えば、俺が認識する間も無く吹き飛ばされたのか?
相手の動きが全く見えないなんて、いったいどんな速度動きやがったんだよ!
顔を上げ、バケモノの表情を見る。
そこにあったのはつまらなそうにこちらを見下す瞳。
その目はまるで道端の石ころや蟻を見るような目だった。
はは……こいつはヤバイ。俺とは次元が違いすぎる。
驕っていた。
舐めていた。
根拠のない自信で、俺は大丈夫だと思っていた。
……いや、根拠ならあったな。
ゴブリンみたいな雑魚を相手にして、俺はそこそこ強いなんて浮かれていたのだから。
仇討ちなんて言っている余裕はすでに無くなった。
しょうもないちっぽけな正義感を振りかざしている場合ではもはやない。
今すぐに逃げないと死ぬ。
目の前にいる本物の強者に、俺は成す術なく簡単に殺される。
既に俺の中にあるのは、目の前の化け物に対する恐怖心だけだった。
圧倒的強者に対する絶望。
これならヤクザに喧嘩を吹っ掛ける方が百倍マシだ。
逃げるために身体を起こそうとするが、当然目の前にいる筋肉ゴブリンはそんなことを許してくれない。
「がふっ!」
腹を蹴られ、ドスッ!という鈍い音を立てながらオモチャのように吹き飛んだ。
邪魔なゴミを退かすかのように放たれた蹴りは、しばらくの間息を吸うことすら出来なくなるほどの威力だった。
そして奴は俺にゆっくりと近づき、今まで無表情だった顔をニィっと不気味に歪ませる。
冗談みたいな筋肉が付いている腕を振り上げ――
そこで俺の意識は途切れた。
◆◆◆
「んぁあ? うぅ、頭イテェ……そうだ、あいつどこに行きやがった……?」
ズキズキと主張する頭の痛みで目を覚ました。
どうやら筋肉ゴブリンにぶん殴られて、あっさりと気を失っていたらしい。
奴らは人間を食うくせに、俺の事は食わなかったってことか?
外を見てみればすでに青空が広がっていて、俺が気を失ってからかなりの時間が経過していることが分かる。
あの筋肉ゴブリンが俺を見逃した理由は不明だが、生きてさえいればなんでもいい。
ただ、あのゴブリンとはもう二度と会いたくねぇな……。
今回は奴の気まぐれで助かったみたいだが、次も同じように生かされる可能性は低い。
勝ち目のない戦闘なんて誰でもやりたくないだろう。少なくとも俺はごめんだ。
「はっ……ゴブリンに油断しすぎだ、なんて啖呵切ったくせになんてざまだ。油断してたのは完全に俺の方じゃねぇか」
そう呟き、込み上げてくる自分への苛立ちのまま床をドンッと殴りつけた。
その痛みのおかげで完全に目が覚めたので、さっさと起き上がる。
しかし、いつまでもくよくよしていられない。
あれから街がどうなったのか分からないが、おそらくバケモノどもが歩き回っているんだろう。
だから早いうちに俺のスキルを使うため、金を回収しなければならない。
いくらか頭の痛みも治ってきてはいるが、できればこれもポーションを使って治療したいところだ。
後遺症なんて残っていたら最悪だし。
人間同士で戦う格闘技でも後遺症が残ったりすることもあるんだ。
あんなバケモノに頭を殴られたのだから、何かしら脳にダメージが残っていても不思議じゃない。
自分でも生きているのが不思議なくらいである。
そして部屋を見渡すが、この部屋の利用者だった奥さんの死体が無くなっていた。
「やっぱり全部食われちまってるか。これだと、旦那さんの死体も持っていかれてそうだな……」
そのことを考えるとひどく憂鬱な気分になる。
……これ以上考えるのはやめておこう。自分が助かっただけマシだ。
俺に親切にしてくれた夫妻には悪いけど、さっそく現金を回収させてもらうとしよう。
部屋を物色していると罪悪感が込み上げてくるが、俺の手が止まることはない。
次々と現金を見つけてはポイントに変換していく。
そして、スキル『ポイント変換』に新たな発見があった。
どうやらポイントへの変換は現金だけではなく、貴金属類であれば結構なポイントに変換できるらしい。
なので現金は勿論だが、貴金属類も発見し次第全てポイントに変えていく。
その中には大切に仕舞い込んであったネックレスや指輪などもあった。
もしかすると、何か思い入れがある品なのかもしれない。
だが、俺は自分が助かる為なら非道なことでもやる最低な男なんだ。
もしもあの世で会ったら死ぬほど謝るから許してほしい。
ま、俺が行くとしたらたぶん地獄だから、永遠に会うことは無いだろうけど。
そんなことを考えながら、だいたい15分くらいで回収作業を無事に終えた。
終えたのだが……
「俺の所持金とは比べ物にならないくらいのポイントだ……」
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秋月 千尋 20歳 男 レベル2
種族:人間
筋力:3→5
耐久:2→4
敏捷:3→5
魔力:8→9
魔耐:3
精神:7→11
ポイント:15848
[職業] ポイント使い
[スキル] ポイント獲得・ポイント交換
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夫妻の部屋にあった現金、そして貴金属を合わせると、なんと15848ポイントにもなった。
円換算すれば150万円オーバーである。
それは俺の所持金だった数万円がごみくずに思える額だった。