俺や夫妻の部屋があるこの9階には、他にあと4つ部屋がある。
あまり付き合いが無いので詳しくは知らないが、このマンションに住んでいる時点で貧乏ということはないだろう。
できれば現金、そして貴金属や宝石類がたんまりとあることを願っておく。
「さぁ、まずはこの部屋から行くか。ここはたしか羽振りの良さそうな一家が住んでいたはずだから、貴重品もそこそこ期待できるな」
もしかするとまだ中に人が居るかもしれないので、念のために呼び鈴を鳴らし、そのあと軽く扉をノックしてみる。
……が、反応なし。
よしっ、蹴破ろう。
「よっ、と」
少し勢いをつけ、ドアに向かって全力で前蹴りを放つ。
すると思いのほか簡単にドアが壊れ、想像よりもあっさりと部屋に入ることができた。
もしかするとこれがステータス上昇の効果なのかもしれない。
ただ、結構大きな音を立ててしまったので、ゴブリンが近くにいれば寄ってくる可能性がある。
鋼の槍を両手でしっかりと持ち、いつ敵が現れても即座に殺せるように警戒しながら中へと進んでいく。
当然土足のまま上がっているんだが、自然と靴を脱ごうとしてしまったのは日本人の習性だろう。
これは死んでも治らない気がする。
「うーん、荒らされてはいないようだけど微妙に散らかっているな。バケモノがうろついていると分かって、慌てて逃げ出したってところか?」
ゴブリンに荒らされたにしては綺麗過ぎるし、子供がいる家族の家にしては散らかりすぎている。
家事を担当しているであろう奥さんがそういう性格だったと言ってしまえばそれまでだが、散らかっている箇所を見る限りたぶん後者だと思う。
よほど急いでいたのか、冷蔵庫なんて開けっ放しで放置されていたし、衣服類がゴッソリと無くなっていた形跡があったから。
しかし、俺にとっては嬉しい事に、貴金属や宝石の類いはそこそこの数がそのままになっていた。
命の危険が迫っている時に、そういった物を全て持ち出すのは極一部の業突く張りだけだろうから助かるな。
有難く根こそぎポイントに変換させてもらったよ。
「これで粗方回収できたか。残念ながら現金は無かったが、それでも全部で6600ポイントもあった。……本当に俺の部屋には無価値な物しか無かったんだな」
俺の部屋で換金できたものといえば現金、あとはゴブリンの死体くらい。
他は何もポイントにはできず、暗にゴブリン以下の物しか無いと言われている気がして悲しくなる。
だが、全てポイントに変えてしまえば些細なことだ。
気持ちを切り替えて、さっさとマンション中の貴重品をポイントに変えてやろう。
「よしっ、次の部屋もどんどん行こうか」
そんな風に家捜しを続けていき、開始から1時間も経たないうちに9階にある全ての部屋の回収を終えることができた。
だが速度重視で回収していたので、おそらくいくつか見落としがあると思う。
ま、それでも十分すぎるくらいのポイントが集まったから何も気にならない。
9階で集まったのは全部で13400ポイントだったので、今ある合計は18333ポイントだ。
このペースでいくと、マンションの部屋全てから回収する頃には莫大なポイントになるだろう。
そしてそのポイントで俺自身を強化すれば、たとえ筋肉ゴブリンのような相手が出てきたとしても撃退、もしくは逃走くらいはできるはず。
今のところ怖いくらいに順調だ。
ちなみに、探索の途中で腹が減ったので15ポイント使ってパンと水を交換している。
そのおかげで今はゴブリン程度であれば楽に屠れるくらいには万全の体調だ。
起きてからまだ一度も遭遇していないけどな。
「じゃあとりあえず、上の階から回っていくとしよう」
マンションの最上階は13階だ。つまり、上にはあと4階分の部屋がある。
それだけでも単純計算で3、4時間くらいは掛かるだろう。
だが、できれば今日中に全ての部屋の探索を終えて、明日には外の様子を見に行きたいと思っているから急がなければならん。
エレベーターは一応まで動くみたいだが、もしも何かあった場合に逃げ場が無いので非常階段で10階に上がった。
そしてさっそく家捜しを始めようとすると……鼻が曲がりそうな異臭が漂ってくる。
「なんだ、この臭いは。筋肉ゴブリンの体臭よりも数倍ひどい臭いだぞ……」
あまりの臭さに思わず顔を顰めてしまうが、この異臭を何とかしないと探索どころではない。
左手で鼻を押さえ、右手で槍を構えながら臭いがキツイ場所の方へと進んで行く。
もちろんその間も周囲の警戒は怠っていない。
「ここ、か」
臭いを辿っていくと、明らかに異臭を発していると思われる部屋を見つけた。
酷い臭いの所為で心なしか周辺の壁や床も汚く見えてくる。
一刻も早くこの状態から解放されたい俺は、呼び鈴やノックなんていう悠長なことはせず、いきなり力に任せて扉をブチ抜いてやった。
……っ!?
しかし、部屋の中から流れ出してくる臭いがキツすぎて数歩後ずさってしまう。
この臭いは、おそらく腐臭。
「ってことは、この部屋の中にあるんだよな。……腐った死体が」
考えただけでも嫌になる。
いくら俺でも腐った人間の死体を見るのは精神的に辛いものがあるし、何よりも近づきたくない。
グロ耐性はゴブリンで多少上がっているが、それが人間となれば話は別だろう。
さっき食ったパンがこみ上げてきそうだ……。
そんな憂鬱な気分のまま、恐る恐る部屋に入る。
室内は相変わらずひどい異臭を漂わせていて、そろそろ俺の鼻がバカになってきたんじゃないかと思っているところだ。
気分が悪いのはまったく変わらないけどな。
その時、俺の身体がピタリと止まった。
――トッ、トッ
部屋に入ると、奥の方から床を歩いているような音が聞こえてきたのだ。
この状況で思い出すのは、あの筋肉ゴブリン。
絶望的なまでの強さと格の違いを見せつけられ、あの時のことは今でも軽いトラウマとなっている。
心臓の鼓動がドクドクと大きく鳴り始めた。
俺はすぐにステータスを表示させて、ポイントを使ってパラメーターを強化する。
それがこれだ。
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秋月 千尋 20歳 男 レベル2
種族:人間
筋力:10→20
耐久:10→20
敏捷:10→20
魔力:10
魔耐:10
精神:11
ポイント:3333
[職業] ポイント使い
[装備] 鋼の槍・ミスリルの鎖帷子
[スキル] ポイント獲得・ポイント交換
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直接戦闘に関係ありそうな筋力、耐久、そして敏捷をそれぞれ20まで上げた。
1上げるのに500ポイントも使わなければならなかったが、俺自身の安全には変えられない。
それに、ポイントなら後からいくらでも回収できるから大丈夫だろう。
ちなみに、残りポイントが3333というゾロ目になっているのは偶然だ。
もしこの先にいるのが筋肉ゴブリンなら、俺は迷わずに逃げるつもりでいる。
今の強化された俺でも、奴に勝てるビジョンだけはまったく浮かばないからな。
勝てない相手には逃げるに限る。
もはや緊張で臭いなど微塵も感じなくなり、槍を両手で握りしめながらリビングの方へと進んだ。
そしてそこに居たのは――
「……ゾンビ、なのか?」
自分の口からこぼれた言葉を、自分でも信じられない。
俺の視線の先には、おそらくはもう死んでいるであろう人間がボロボロの姿で歩き回っている姿があった。
腹から臓物が飛び出し、虚ろな目でリビングを歩き回っている。
それはホラーゲームではお馴染みの『ゾンビ』のような姿だった。