まっすぐに自分へ向けられた銃口。
それも向けられているのは、当たれば痛いでは済まないであろう馬鹿でかいスナイパーライフルだ。
ここで目の前でその銃を構えている少女に下手な対応をすれば、俺の命はさっき殺したゾンビのように呆気なく散ることになるだろう。
「その右手に持っている武器を置いて、手を上に上げてください」
今反抗しても撃ち殺されるだけなので、少女の言う通りに槍を置いて両手を上げた。
「……落ち着け、俺は敵じゃない。まさか生きている人間が居るとは思わなかったんだ。できれば情報交換をしたい」
「いきなりドアを蹴破って侵入してくる男性を信用しろと?」
「だから本当に人がいるとは思ってなかったんだっての。9階から上の階には誰も居なかったし、唯一遭遇したのは腐臭がエゲツないゾンビみたいな奴だけだったんだ。もうこのマンションには人が居ないと思ってもおかしくないだろう?」
俺がそう言うと少女は数秒考え込んだ後、ずっと俺に向けていたスナイパーライフルの銃口をようやく外してくれた。
「……いいでしょう。私も今は情報が欲しいですし、ひとまずは貴方を信用します。ですが、おかしな真似をすればすぐに撃ちますので」
しかし、多少は警戒を解いてくれたようだが、未だに俺のことを警戒しているようだ。
この距離ならたぶん、俺が攻撃しようとしても撃たれる方が早いと思う。
ま、いきなりドアをブチ破ってきた男を信用する奴なんていないだろうから仕方ない。
「じゃあ自己紹介でもしようか? 俺は9階の902号室住んでいた秋月 千尋だ。アンタは?」
「私は黒島 雫です。では秋月さん、早速質問なんですが……貴方はステータスやスキルを知っていますか?」
おっと、いきなりその質問か。
そんな質問がでてくるっていうことはこの少女、黒島 雫もステータスを獲得しているはずだ。
コイツが持っているスナイパーライフルも、俺の槍や鎖帷子のように何らかのスキルで入手したと考えた方が自然だな。
「あぁ、初めにゴブリンを殺した時、変なアナウンスが頭の中に聴こえてきた。この槍も、今着ている装備もスキルの能力で手に入れた物だ。アンタのそのスナイパーライフルもそうだろ?」
「ええ、その通りです。ということは、ステータスの獲得条件はおそらくモンスターを殺害することなんでしょう」
「……よくゴブリンを倒せたな。最初はその銃も無かったろうに」
「最近は何かと物騒ですから、常にスタンガンを持ち歩いていたんです。それでゴブリンを気絶させたら、階段から勝手に転がり落ちて死にました」
こ、こえぇ……。
素手で殴り殺したとか言われるよりはマシだが、それでも淡々と話されるとかなり怖い。
でもまぁ、黒島 雫の容姿を見れば物騒というのも納得だ。
黒い髪をボブカットにした儚げな雰囲気の美少女で、街を歩けばさぞ目立つことだろう。
変な輩に絡まれることも少なくなかったに違いない。
それで護身用としてスタンガンなんて物を持ち歩いていたんだろうな。
「もう腕を下げてもいいか? そろそろ――伏せろ!」
「え?」
突然声を上げた俺に、黒島さんは首を傾げる。
しかし彼女の背後……窓の向こう側には、翼を広げた人型の鳥のようなモンスターが今にも襲い掛かろうとしていた。
俺に意識を向けている黒島さんはそれに気づいている様子はなく、このままでは非常に不愉快な光景が広がるであろうことは想像に容易い。
床に置いていた槍を足で宙に浮かせ、それを窓の外にいるモンスターに向けて投擲する。
俺から放たれた槍は少女の顔スレスレを通過し、その背後にいるモンスターの胸元に見事命中した。
「クルェェエエエ!」
即死とまではいかなかったようだがかなりのダメージだったらしく、鳥のバケモノは奇声を発しながら真っ逆さまに地上に向かって落ちていく。
この高さからあの速度で落ちればほぼほぼ助からないだろう。
もちろん、俺が投げた槍も刺さったまま落ちていったよ。
あぁ、俺の槍が……。
「た、助かりました。ありがとうございます、秋月さん」
急な出来事で軽く放心状態だった黒島さんは、そう言って俺にペコリと頭を下げた。
「ああ、気にしないでくれ。でもまぁ、これで少しは信用してくれれば嬉しい」
今ならポイントでもっと良い物を交換できるとはいえ、コッチは結構気に入っていた槍を犠牲にしたんだ。
できればその銃を俺に向けてぶっ放したりはしないで欲しい。
「えぇ、命の恩人に銃を突きつけるなんて恥知らずな真似はしませんよ」
黒島さんは俺と初邂逅した時のような冷酷無比な表情ではなく、温かみのある笑顔を浮かべてそう言った。
おぅ……今がこんな状況じゃなければ、コロッと惚れてしまいそうなくらいの破壊力だ。
アイドルが裸足で逃げ出しそうなレベルの美少女である。
そうしてその後は銃を突きつけられる事もなく、他にもお互いに情報を交換していった。
初日に見たドラゴンや、ゴブリンとは比べ物にならない力を持った筋肉ゴブリンのこと。
流石に自分の手札であるスキルについての詳細は出来るだけボカして話したが、それは相手も同じだろうからおあいこだ。
ただ、黒島さんもどうしてこういう状況になっているのかはやはり知らないらしい。
ニューワールドについてもそこまで詳しくは知らないようで、むしろ俺の話を食い入るように聞いてきたくらいだ。
そこまで知りたいのならと、俺の部屋にある資料は好きにしていいと言っておいた。
どうせ俺はある程度頭に入っているし。
「じゃあ、これから黒島さんはどうする? 俺は明日になったらこのマンションを出て行く予定だから、もし籠城するつもりならバリケード作成くらいは手伝うぞ? ドアを壊したのは俺だし」
本音を言えばすぐにでも9階よりも下の部屋の探索へ行きたいところだが、彼女の部屋のドアをブチ破ってしまったからな。
明日外へ行くことは変わらないけど、何かしらの手伝いはするべきだろう。
そう思っていたのだが……
「……良ければしばらく一緒に行動しませんか? 街の様子を見る限り、至るところにモンスターの姿が見えました。一人で行動するよりは、二人で行動した方が安全だと思います」
一緒に行動、か。
確かに外にはどんなバケモノがいるか分からない以上、戦える仲間は多いに越したことはない。
スナイパーライフルがあるから、最低限戦力にはなるだろうし。
「俺は別に構わないぞ。黒島さんは十分戦力になりそうだしな」
「私のことは雫で良いです。黒島という苗字は、あまり好きではないので。それと、私の方が歳下でしょうからさん付けも必要ありません」
「そうか。なら雫、しばらくの間よろしくな」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
そう言って俺たちはお互いに握手を交わした。