雫の部屋にあった宝石や貴金属を全てポイント変えると、俺の合計ポイントは60192ポイントとなった。
現金換算すれば約600万という大金であり、この時点で俺の貯金額を超えてしまったことになる。
ま、この状況で俺の金を銀行から引き出せるのかは微妙なところだろうけど。
「とりあえず雫にはこれを渡しておく」
「これは……防具ですか?」
「ああ、そうだ。『ミスリルの鎖帷子』っていう装備で、槍で突いてもビクともしなかった優れものだよ。それに普通の服みたいに軽くて、服の下に着ててもごわつかないから着心地も良い」
さっき新しく『鋼の槍』と、雫に渡すための『ミスリルの鎖帷子』を合わせて8500ポイント消費して交換しておいたんだ。
かなりの出費ではあるが、仲間への先行投資と考えれば悪くない。
今の俺にはまだ5万ポイント以上残っているし、これからマンションの8階から下の部屋を回れば確実に回収できるからな。
それなら、少しでも雫の戦力を上げておいた方が良いだろう。
気前がいいところを見せれば、ポイントの回収にもやる気を出してくれるかもしれないし。
俺がその『ミスリルの鎖帷子』を手渡すと、雫はそれを引っ張ってみたりして感触を確かめているようだった。
「凄いですね、これ。下手な防弾チョッキよりも頑丈かもしれません。有り難く頂いておきます」
そう言って雫は着替えるために別の部屋に移動した。
あ、今気づいたけどサイズとかは大丈夫なのか?
俺の身長は大体180センチくらいだが、たぶん雫は150センチくらいしかないと思う。
割とでかい体格の俺でピッタリだったから、もしかするとブカブカ過ぎて装備すらできないかもしれん。
……しまったな。
安全のために渡したつもりだったが、これじゃあ無駄なポイントを使ってしまっただけだ。
どれだけポイントに余裕があったとしても、流石に現金換算で70万の無駄遣いはシャレにならない。
俺のスキルに返品機能なんて便利なものは無かったし、性能を考えればおいそれと捨てることもできないから荷物が嵩張る。
完全に失敗だ。
そうして自らの行いを悔やんでいると、部屋を出て行った雫が戻ってきた。
しかし、手に持っていたはずの鎖帷子はどこにも無い。
「あれ? あの鎖帷子はどうした?」
「え、もちろんこの服の下に着ていますけど……?」
ん?
着れた、のか?
俺がおかしな顔をしていることを不思議に思った雫が、一体どうしたのかと尋ねてきた。
「――なるほど。因みに先ほど頂いた装備品は、私にピッタリのサイズでした。つまり、装備品には自動でサイズが調節される機能でもあるんでしょう。物理法則無視のファンタジーですね。まぁ、今更と言えば今更ですが」
へぇ、俺のスキルにはそんな便利機能まで搭載してたのか。
でもそのおかげで助かった。
いちいち装備のサイズを気にする必要が無いのは有り難い。
一見すると地味に思える機能ではあるが、かなり凄い機能である。
これから先、雫以外にも仲間を増やすかどうかは分からないが、もしできればその時に装備品を渡して戦力増強ができるしな。
「何はともあれ、ポイントが無駄にならずに済んでよかった。それで、これからのことなんだけど……できれば雫にはポイント回収を手伝って欲しいと思っている。ただ、さっきも言ったように、これは完全に犯罪だから無理強いするつもりはないし、断ったからといって食料を渡さないとかもしない。やるかどうかは雫の判断に任せる。どうだ?」
「ええ、構いませんよ。スキルについて聞いた時からそういうつもりでしたし。今は非常時ですから、もしバレても全てゴブリンなどのバケモノたちの所為にでもしておきましょう」
ほっ、雫は思ったよりもドライな考え方ができるようだ。
割と考え方が似ているのかもな。
あまり褒められたことではないかもしれないが、その方が俺としても助かるから何も言うことはない。
「助かる。それじゃあ日が落ちる前に探索を終えたいし、早速だけど行こう。9階より上の階は既に済ませてあるから、残っているのは8階から下の階だ」
「了解です」
そして8階に降りた俺たちは、まずは雫と手分けしながらインターホンを鳴らし、部屋をノックしていく。
いきなり扉を破壊して雫の時のような二の舞は御免なので、今度はしっかりと中に人がいるかどうかの確認を必ず行うことにしたのだ。
既に破壊されている部屋もあったが、その部屋の中には誰も居なかった。
たぶん、ゴブリンが強引に押し入ったんだと思う。
鈍器でボコボコにされた痕跡が扉に残っているし、室内には乾いた血痕もあったしな。
この部屋の住民は……まぁ、そういうことなんだろう。
「秋月さん、どうやらこの階には誰も居ないみたいです。お得意のキックでブチ破ってください」
「あいよ」
雫と手分けをして全ての部屋の確認を終えたが、どの部屋からも何の反応も返ってこなかった。
だから結局は、荒っぽい力技で無理やり扉を壊すことになってしまったよ。
ま、平日の昼間なんて元から人気は少ない。
居たとしても、さっきの部屋みたいにゴブリンに襲われてしまった人が多いのかもしれん。
今思えば、ゴブリンと遭遇して生き残った俺や雫は運が良かったのかも。
いくら俺でもいきなり数体のゴブリンに襲われていれば、ろくな反撃もできずに殺されていたかもしれないからな。
自分の幸運に感謝だ。
そんな気持ちを抱きながら、俺は次々と扉を蹴破っていく。
この扉に蹴りを叩き込む作業にもすっかり慣れてしまったらしく、ポンポンと簡単に扉を破壊していくのは我ながら少し引いてしまった。
「……ずいぶん手慣れているようですけど、以前からそういったお仕事をされていたんですか?」
「なわけあるか。俺は歴としたプログラマーだよ。企業とかに勤めている訳じゃなく、個人で仕事を請け負っているフリーランスだけど」
あまりにもあっさりと扉を開けていくもんだから、雫からもそんなことを言われてしまう始末だ。
やっていることが完全に犯罪である火事場泥棒なので、仕方ないと言えば仕方ないが。
「プログラマーですか。意外ですね。とても良い体格をしているので、私はてっきり身体を動かす仕事をしていると思っていました」
「ああ、これは趣味で格闘技を習ってるんだ。ほら、あんまり部屋に籠っていると運動不足になるだろう? 特に俺の仕事は、数日くらいなら平気で部屋から出ないなんてよくあるからな」
「格闘技ですか。……こんなことになるのなら、私も習っておけば良かったです」
「俺でよければ時間がある時にでも教えようか? 簡単な護身術程度であればすぐにできるようになるし、覚えておいて損はないと思うぞ」
「良いんですか? ぜひお願いします」
仲間が強くなるのは大歓迎だ。
それに雫の見た目は高校生……いや、下手すれば中学生にすら見えるからな。
子供と侮られて、厄介ごとに巻き込まれやすいかもしれない。
自衛手段は多いに越したことはないだろう。
雫自身も結構やる気みたいで、心なしかさっきまでよりも俺を見る目が輝いている気がするし。
「よし、じゃあお喋りはここまでだ。パパッと終わらせて明日の準備をしよう」
「はいっ」
そして俺と雫は協力して作業に取り掛かった。