時刻は18時30分。
外は既に日が落ちて暗くなっており、窓から見る街の様子は首都とは思えないほどの暗闇に包まれていた。
つい数日前までは真夜中でも光が灯っていたというのに、今では完全な闇が広がっている。
……こうしてみると、改めてこの街がバケモノ達に侵略されたのだと実感させられてしまう。
スマホが圏外だったから、他の街や県の様子がまったく分からない。
できれば今後の生活のためにも、バケモノに襲われていない無事な場所があると助かるんだけど。
生粋の現代っ子には電気・ガス・水道・ネットが無い環境は地獄だからな。
まあ何はともあれ、ようやくこのマンションに残る全ての部屋を漁り尽くした。
一人でやっていればもっと時間がかかってしまい、明日の朝一で出発するという予定が狂ってしまっていただろう。
文句も言わずに協力してくれた雫には感謝だ。
「こ、これほど豪華な食事をいただけるんですか……!」
「ああ、もちろんだ。今まではおにぎりと水くらいしか交換してこなかったけど、今は雫のおかげで大量にポイントが稼げたからな。一度どんな食料があるのか実際に調べてみようと思っていたし、今回は奮発してみた。遠慮せずに好きなだけ食べてくれ」
そして、13階まで戻ってきた俺と雫の前にはご馳走がズラリと並んでいる。
寿司にステーキにピザ、他にも色々とポイントで交換してみた。
全部で100ポイントくらいの消費だったけど、大量のポイントを所有している今、あまり気にならない程度の消費だ。
この豪華な料理たちには、回収を手伝ってくれた雫への感謝と歓迎会みたいな意味がある。
だからこれくらいの贅沢はなんの問題も無いだろう。
「こんなに美味しいご飯を食べたのは久しぶりです……」
雫もこの料理に満足しているようで何よりだ。
聞けばずっと栄養バーだけで空腹を凌いでいたらしい。
その栄養バーもそろそろ備蓄が尽きそうになり、外に食料を探しに行こうかと思っている時にちょうど俺が現れたのだと。
口いっぱいに食べ物を詰め込んだ雫がそう話してくれた。
ちなみに、今俺たちが居るのは13階の雫の部屋……の隣の部屋だ。
その部屋はこの階で唯一カギが掛かっていなかった部屋で、その上すべての部屋に暗幕カーテンが備え付けられていた。
明かりが目立ってしまう夜を越すのに、これ以上ないくらいの部屋である。
雫の部屋は窓が割れているから、彼女もここで寝るみたいだ。
……一応、仲間として信用してくれているらしい。
ま、流石に部屋は別々だけどな。
「なぁ雫、食べながらでいいから聞いてくれ」
「んっ……はい、なんですか?」
「明日このマンションを出ていく予定なんだけど、目的地としての候補が二つある。だから雫の意見が聞きたい」
「わかりました。それでその候補というのは?」
「ああ、まず一つ目が近くの小学校だ。この辺りの緊急避難場所に指定されているから、たぶんその小学校に人が大勢集まっていると思う。だからそこで情報を集めたいと思っている。他の地域の情報とか、あちこちにいるモンスターの情報とかのな」
当然だが、その小学校にあまり長居するつもりはない。
欲しい情報を手に入れたらさっさとおさらばする予定だ。
自分のスキルで食料を手に入れられるので、必要以上に他人と馴れ合う理由は俺には無いからな。
「なるほどなるほど。確かにネットが使えない今、他の地域の情報は早めに手に入れておきたいですね。それで二つ目は?」
「――宝石店だ」
「……マジですか?」
その短い言葉だけで、察しの良い雫には全て伝わったようだ。
ただ、いきなりスケールのデカい犯罪の話をしたせいで、流石に言葉を失っているみたいだが。
「大マジだよ。ただ、これには一つだけ不安要素があってな。俺と同じようなスキル持ちがいた場合、既に宝石店とかは根こそぎ襲われている可能性がある。それに、もしかするとスキルとか関係なく宝石とかは盗まれているかもしれん」
災害が起こった時、犯罪が多発するのは世界中どこの地域でも同じだ。
たとえ命の危険があったとしても、欲望に忠実な人間はいくらでもいる。
今の俺みたいにな。
こうなってくると俺が寝ていた時間が非常に悔やまれる。
そうでなければ、いの一番に宝石店を襲いに行っていたというのに。
「……当然のように倫理的な問題ではないんですね。まぁ、それこそ今更ではありますけど」
「どうせ警察は俺たちを取り締まるよりも、モンスター共の相手をするのに忙しくてそれどころじゃないさ。それに回収するなら早い方が良い。俺はポイントがあればあるだけ強くなるから、スタートダッシュを切ればその分この先が安全になるんだ」
ポイントで手に入らない物はほとんどない。
ステータスのパラメーターも、スキルだって手に入るのだから。
しかし、唯一手に入らないのが信頼できる仲間だ。
共犯者と言ってもいい。
「でも、雫が嫌だと言うのなら宝石店の件は見送る。避難所の方も重要ではあるしな」
だからこそ、今回は雫が嫌だと言えば俺は諦めるつもりでいた。
無理に強制することもできるだろうが、そんなハリボテの信頼関係なら一人でいる方がまだマシだ。
いつ裏切られるか分かったもんじゃない。
今はゲームじゃないんだ。
一度死ねばそれだけで終わり。
リトライやニューゲームは存在しない。
一人で行動する方が気軽だし、俺の性格的にも単独行動の方が向いていると思う。
だが、今の状況で生き残るためには仲間の存在は必須と言える。
それも一方的な依存関係ではなく、協力し合える共存関係でないとダメだ。
できれば雫とは今後、そういう対等な関係になりたいと思っている。
「そんなの、私の答えは決まっているじゃないですか」
そうか……やっぱり雫には宝石店強盗はまだ――
「宝石店一択ですよ。他の誰かに回収される前に根こそぎ私たちで頂いちゃいましょう。避難所での情報収集なんて、その後でも十分お釣りがきます」
雫は誰もが見惚れてしまうような微笑みを浮かべて、そう言い放った。
どうやら俺は、この黒島 雫という少女のことを見誤っていたらしい。
あまりの嬉しさに口角が吊り上がり、自然と笑みが溢れてしまった。
どうやら俺たちは良い共犯者になれそうだ。