翌朝、時計の針は時刻6時30分を指している。
「うっ、さみぃ……。11月の早朝はやっぱり冷えるな」
出発前にベランダから街の様子を確認しておこうと外に出てみたが、途端に刺すような寒さに襲われた。
俺がゴブリンを初めて倒した日は10月31日で、ちょうどハロウィンの日だった。
そこから死に掛けて半日が経過し、そしてさらに気絶して丸一日が経ち、今はもうすっかり11月に突入している。
体調を崩さないようにと、今はそこそこ厚着をしているが、何も覆われていない手や顔にはダイレクトで冷気を受けて肌寒い。
11月に入ったばかりとはいえ、流石に朝の気温は少し肌寒く感じるな。
まだ日中なら比較的暖かいが、これから日を追うごとに徐々に耐え難い寒さとなっていくだろう。
早いとこ冬を越す為の拠点を見つけないと、モンスターに殺される前に凍え死ぬことになりそうだ。
それこそ大雪になんて降られれば、冗談抜きで凍死するかもしれん。
最悪、あまり気は進まないがこのマンションに引き返すことも視野に入れておかないとな。
ギリギリ耐えられるくらいの寒さではあるが、あまり寝間着姿ではこんなところに長居したくない。
さっさと用事を済ませるとしよう。
アイテムボックスから双眼鏡を取り出す。
この双眼鏡はポイントで交換したものではなく、他所の部屋に置いてあったのを無期限かつ無断で借りてきたものだ。
決して盗んできた訳ではない。
割と性能が良い代物だったので、これからもずっと大切に使わせてもらうつもりである。
寒さで若干手が悴みながらも、その双眼鏡で街の様子を覗いてみた。
「何処も彼処もバケモノばかりで、人影はまったく見当たらない、か。隠れているのか、それとも……。まぁそのどちらにせよ、俺がやることは何も変わらないが」
ポイントを集めて、自分を強化し、さっさと戦力を上げて安全を確保しておきたい。
最低でも、あのクソドラゴンから逃げれる程度には強くならないとな。
それくらいの強さが無いと、心配性の俺は安心して日々の生活が送れない。
俺の生命線でもあるポイントを集める為なら、多少の汚れ仕事なら喜んでやるさ。
「うーん、宝石店の辺りにもゴブリンとか、あれは……オーク?がうろついているみたいだ。こんな朝っぱらからご苦労なこったな」
今日の目的地である宝石店までの道のりを確認してみると、外にはやはりモンスター共がうろついていた。
このマンションにも居たゴブリンの姿もある。
それから、ゴブリン同じくファンタジーには欠かせない豚のバケモノ、オークらしきモンスターも確認できた。
緑色の体色をした二足歩行の豚のバケモノで、創作物で出てくる奴よりも数段凶悪な面構えをしている。
ここからじゃ正確な体格は分からないが、それでも明らかにゴブリンとは比較にならない大きさだろう。
たぶん成人男性と同じくらい……いや、横にもデカイように見えたから、腕力は人間よりも上と考えた方がいいか。
「まずは昨日取ったスキルをゴブリン相手で試して、問題が無さそうならあのオークにも使ってみるか。初っ端からあんな凶悪な豚を相手にしたくない。あの豚、普通に怖いし」
ゲームとかではゴブリンに毛が生えた程度の強さしか無いオークだが、外見だけならボス級の迫力があった。
人間の強面などが可愛らしく見えるくらいだ。
一般的な小市民の俺からすれば、睨まれただけで震え上がってしまうかもしれん。
「――ま、いざとなれば誰であろうとも殺すがな」
オークと戦うことを頭の中で想像すると、自分でも軽く引いてしまうくらい底冷えするような声が出た。
果たして今の自分の顔はどんな悪人面を浮かべているのだろうか。
きっと、あまり人には見せられない顔だろう。
ただ、それくらいの心構えでいないと今後も生き残ることはできない。
俺はこんなところで死ぬつもりはないんだ。
生き残る為ならば、たとえどんな汚いことであってもやってやるさ。
俺はもう何度目かも分からない決意を、眩しいくらいの朝日に誓った。
◆◆◆
「じゃあ、そろそろ出発しますか?」
身支度を終え、背中にスナイパーライフルを担いだ雫がそう言った。
「ああ、そうだな。必要な荷物は全部アイテムボックスに放り込んだし、もうここには用はない。いつでも出発できるぞ」
「やっぱり便利ですよね、秋月さんのスキル。私のと変えてくれません?」
「そっちの方がカッコいいだろうに。それに雫の荷物も全部入れてるんだし、どっちが持っていても一緒じゃないか?」
俺がそう言うと、雫は『それもそうですね』と言ってポイントで交換したジュースを飲んだ。
「じゃあ出発の前に、今日の予定を確認しておくぞ? まず俺たちが向かうのは、このマンションから東に15分くらい歩いたところにある宝石店だ。そこそこ大きな店で、宝石以外にも金とかの貴金属なんかも扱っているらしい。まずはそこに置いてある商品をすべて頂く」
宝石店にどのくらいの商品が置いてあるのかは知らないが、今から向かう店は比較的大きな所なので、無駄足になるということは無いはずだ。
もっとも、他の連中に先を越されていなければ、という但し書きが付くが。
「一応、顔は隠した方が良いのではないですか? 大丈夫だとは思いますが、まだ監視カメラが生きていれば面倒なことになるかもしれません。いくらモンスターに罪をなすり付けると言っても、顔がバレていれば後から警察がやって来るかもしれませんし」
「もちろん顔は隠すさ。コイツでな」
そう言って俺は、アイテムボックスから自前のバイク用ヘルメットを取り出した。
バイク自体は修理に出しているので手元には無いが、ヘルメットは自分で保管していたんだ。
予備として取っておいた昔のヘルメットも合わせれば、俺と雫の二人分ある。
多少視界が遮られるが、顔を完璧に隠せる上にヘルメットだから強度も十分だ。
ちなみに、俺は車とバイクの免許は持っているので、そのどちらとも運転はできる。
ただ、免許はあっても取得してから数えるほどしか車を運転していないし、バイクの方はちょうど修理に出していて手元にはない。
そのうち移動手段も確保しないとな。
「フルフェイスのヘルメットですか。ますます強盗じみてきましたね」
言葉とは裏腹に雫はどこか楽しそうにしている。
「それから、俺の記憶が確かなら道中に3軒ほどコンビニがある。そこでATMの回収もする予定だから、そのつもりでいてくれ」
「……ATM、ですか?」
「ああ、昨日風呂に入っている時に思い出したんだが、コンビニとかに置いてあるATMの中には二千万くらい入っているらしいんだ。だから部屋に銀行なんかを襲うよりも、そこら中どこにでもあるATMを回収した方が効率が良い。アイテムボックスを使えば一瞬で持ち運べるだろうしな。これで狙わない手はないだろう?」
アイテムボックスの使用に、大きさ制限や重さ制限などがあるかどうかはまだ分からない。
だが、ATMと同じくらいのタンスを試しに収納してみるとすんなり入れることが出来たから、おそらくは問題ないだろう。
少なくとも、今回に支障は出ないはずだ。
そして、俺の説明を聞いた雫が納得の表情を浮かべる。
「なるほど、確かにそうですね。お金といえば真っ先に銀行が思い浮かんでしまいますが、銀行の金庫なんて私たち素人が破れるはずもありませんし、壊せば良いだけのATMの方が手軽に回収できそうです。それに、秋月さんにはアイテムボックスなんていう便利なものもありますから」
そうして雫からも特に反対意見が出なかったので、俺たちは早々にマンションを後にした。