マンションから出た俺たちは、早速ゴブリンの集団と接敵した。
数は6体。
元からスキルの検証や雫の腕前の確認をする予定だったとはいえ、こうも早く遭遇するのは少し予想外だ。
ただ幸いにもまだ向こうは気づいておらず、俺と雫が物陰から隠れて様子を伺っているという状態なので、奇襲するにはもってこいのシチュエーションではある。
「――やれるか?」
「もちろんです。この距離なら、たとえ100発撃っても外さない自信がありますよ」
俺が問いかけると、言葉の節々から自信が表れているなんとも頼もしい言葉を発し、雫は背中のスナイパーライフルをゴブリンに向けて構えた。
スナイパーライフルはその性質上、反動が凄まじく大きいために伏せの状態で構える必要があるのだが、雫曰くこの銃は長距離の射撃でもなければ立ったままでも十分らしい。
なんでも、ある程度銃の性能は自分で設定できるのだとか。
威力はもちろんのこと、消音性や射程距離、他にも見た目のカスタマイズなんかもできるようだ。
際限なく銃の威力を高めることはできないが、モンスターを倒して銃を強化していけば、その上限も上げることができるという。
ちなみに、今は消音機能を重視してカスタマイズしてあるみたいだ。
そして、これが前に見せてもらった雫のステータスである。
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黒島 雫 15歳 女 レベル4
種族:人間
筋力:6
耐久:7
敏捷:10
魔力:0
魔耐:5
精神:9
[職業] FPSプレイヤー(狙撃兵)
[装備] ハンドガン・治療キット・ミスリルの鎖帷子
[スキル] FPSプレイヤー・射撃・狙撃
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……地味に俺よりもレベルが上だったよ。
何度も死にかけている俺よりも上なのは、マンションのベランダからモンスター共を狙撃していたかららしい。
あの見通しの良いマンションからなら、そりゃ狙いたい放題だったろうな。
俺の槍と共にどこかに落っこちて行った鳥型のモンスターみたいな例外を除けば、一方的に攻撃ができる最高の狙撃スポットだ。
完全に近距離戦闘専門な俺からすると、やはり銃というのは羨ましいことこの上ない。
いずれ俺もポイントで何か遠距離攻撃スキルを取りたいと思っている。
完全な遠距離は雫がいるので、できれば近中距離くらいが理想だな。
牽制しつつも、雑魚なら倒せるくらいの威力がある攻撃手段が望ましい。
ま、そんな都合の良いスキルがあるかどうかは分からんがな。
「ではいきます。もしもこちらに気付いて接近してきた場合は秋月さんに任せますので、その時はよろしくお願いしますね?」
「おう、任せろ」
念のため、アイテムボックスから鋼の槍を取り出しておく。
あらかじめ武器は戦闘前に外に出しておかないと、アイテムボックスから取り出すのには僅かなタイムラグがあるから危険だ。
ゴブリン相手にそんな僅かな時間が大事になるとも思えないが、戦いは何が起こるか分からない。
用心し過ぎるくらいが丁度いいだろう。
雫はフッと短く息を吐き出し、ライフルの引き金を引いた。
パァンッと乾いた音がするが、それは俺が想定していたものよりもはるかに小さな音だった。
体感では軽く手を叩いたくらいに聞こえる。
現にゴブリンたちは急に襲撃された混乱もあってか、狙撃音に気付かず右往左往しており、まったく音の発生源がわかっていない。
そんなゴブリンたちをよそに、雫はそのまま続けて1発、2発と次々に弾丸を発射し、ゴブリンを仕留めていく。
ボルトアクションが不要なセミオートタイプのスナイパーライフルらしく、最低限のエイム時間で狙撃していた。
それも全ての弾丸を頭部に命中させ、一撃でゴブリンたちを沈めている。
素人の俺から見ても、その技術がかなり高いことが伺えた。
一方的に狙撃され続けるなんて、ゴブリンたちからすれば悪夢以外のなにものでもないだろうな。
そして、あっという間に6体いたゴブリンの集団は雫ひとりの手によって全滅させられた。
おそらくゴブリンたちには最後まで敵の存在がわからなかったはずだ。
雫の手際は鮮やか、その一言に尽きる。
これからも敵に手加減するつもりは無いが、少しだけ哀れに思ったほどであった。
「終わりました」
「すげぇな。全部ヘッドショットで一撃かよ……」
「慌てるばかりで碌に隠れようともしない相手なら、これくらい余裕ですよ。動き自体もあまり早くありませんでしたし」
彼女にとっては本当に簡単なことだったらしく、そんなひと仕事終えた職人のようなコメントを残し、涼しい顔でスナイパーライフルを背負い直した。
銃をぶっ放している時も眉ひとつ動かないくらいだったし、まさかこんな世界になる前から銃器を扱っていたのか?
マフィアのヒットマンだったとかなら、この腕前にも納得だが……。
「……一応言っておきますけど、私は普通の中学生ですからね? 凄腕のヒットマンだとか、とある国のエージェントだなんていう素敵な過去は持ち合わせていません」
「俺の心を読むんじゃない」
「考えていることが丸わかりでしたよ。素人の私がここまで銃を扱えるのは、多分スキルの影響だと思います。でなきゃ、ただの女子中学生にこんな物騒なものが使えるはずないじゃないですか」
雫は呆れたようにそう言った。
ただ、どことなく照れも混じっているようにも見える。
一体今の会話のどこに照れる要素があったのか分からないので、もしかすると俺の勘違いかもしれないが。
つーか、俺ってそんなに分かりやすい顔をしてんのかよ。
これからはあんまり面に出さないよう、気をつけるとしよう。
「そういや、その銃の弾ってどうなるんだ? まさかリロードが不要という訳じゃないだろう?」
「ええ、もちろん。弾薬はこうして軽く念じると……何もない空間から装填済みのマガジンが出現します。少量のポイントを消費しているみたいで、これひとつで大体ゴブリン一体分ですね」
雫の言う通り、何も無かった筈の彼女の手にはマガジンが握られていた。
なるほど、それなら弾切れでピンチになることはまず無いだろうな。
弾のリロード時に多少の隙ができるが、それくらいなら俺がカバーしてやればいい。
弾薬無限という訳にはいかないみたいだが、ゴブリン一体でマガジン一個なら十分すぎるほどのコストパフォーマンスと言えるだろう。
その時、視界の端に緑色の影が映った。
向こうもこちらに気付いているようで、仲間の死体を見て明らかに激昂している。
「おっと、どうやら別のゴブリンの集団が来たみたいだ。今度は俺に任せてくれ。昨日取得した格闘と槍術スキルを試してみたい」
「お任せします。念のためいつでも援護できるように隠れておくので、私の援護が必要なら何か合図をください」
「了解だ」
ま、ゴブリン程度なら俺の力だけで十分だろうけどな。
槍を握りしめ、俺はゴブリンの集団へと駆け出した。