さっきの戦闘とは違って、既に向こうのゴブリンはこちらを捕捉している。
仲間の死体の傍にいる俺たちの姿を見られているから、奇襲はおろか戦闘を避けることは不可能だろう。
もっとも、初めからゴブリン相手に逃げるつもりなど無かったが。
「ガガ! グギャギャ!」
「なんて言ってるかわかんねぇよ!」
ゴブリンの集団に俺の方から向かっていき、手始めに一番手前にいた個体の胴体を穂先の刃の部分で横薙ぎにする。
「ギャッ!」
浅い。
今の一撃では精々かすり傷程度にしかならず、怯ませるくらいにしか効果はないはずだ。
そもそも槍は基本的に突くための武器なのだから、今みたいに横薙ぎの攻撃ではあまり殺傷力は期待できない。
だが、そんなことはもちろん初めから分かっている。
俺は横薙ぎにした勢いを活かし、そのままその怯んだ個体に向けて力一杯に両手で槍を突き刺した。
強化された俺の膂力を十全に乗せたその一撃は、易々とゴブリンの胸を突き破り、すぐ後ろにいた奴も巻き込んで一気に2体のゴブリンが串刺しになる。
「ギャガ……!?」
そしてここで一度武器を手放す。
他の個体には『槍術』ではなく『格闘』の練習台になってもらおう。
俺から見て左側にいる奴に接近し、まずは軽く左ジャブ。
その後に右ストレート、そして右回し蹴りというコンビネーションをお見舞いしてやる。
おぉ……人間の蹴りとは思えないくらい吹っ飛んでいったな。
ゴブリンの体格が子供並みというのを考えても飛びすぎだ。
やっぱり俺のステータスは軽く人間を辞めているらしい。
《レベルが上がりました。ステータスを確認して下さい。》
俺の頭の中に無機質な声が響いた。
このタイミングでレベルが上がったってことは、飛んでいったゴブリンはあれで死んだのか。
それは重畳。
残りの4体もすぐに後を追わせてやるよ。
俺は次の標的を見定め、そいつに勢いよく飛び膝蹴りを食らわせる。
「ギャギャッ」
俺と通常のゴブリンとではフィジカルに差がありすぎるため、俺の膝蹴りを受けた奴は簡単に地面に転がった。
そして倒れたそのゴブリンの頭部を目掛け、サッカーボールを蹴飛ばすような一発を叩き込む!
ドンッ!と鈍い音が響いてきた。
ボールとなったゴブリンはおそらく生きてはいまい。
これでゴブリンは3体だが……そのうちの2体は剣を持っていて、それにようやく混乱状態から脱したようだ。
相手が武器を持っている以上、これでは俺も素手というのは些か心許ない。
スキルを取得した俺なら素手でも相手できるかもしれないが、いくら雑魚とはいえ数では俺の方が不利なので油断は禁物である。
初っ端に串刺しにした2体のゴブリンから、力任せに槍を引き抜く。
槍を振り払い、付着している気味の悪い緑色の血を飛ばした。
「さぁ、第二ラウンドといこうか」
お前たち程度は余裕だと言わんばかりにそう言って挑発する。
ゴブリンたちが人間の言葉を理解しているかどうかは分からないが、どうやら馬鹿にされていることは理解できているらしい。
激昂した様子で俺に向かってきた。
本当に単純で短気な奴らだ。
ま、扱い易くて良いカモではあるがな。
大振りで振り下ろされる剣を余裕を持って回避し、今度は胴体ではなく首を狙って横薙ぎにした。
胴体では殺しきることができない攻撃でも、それが急所に当たれば話は変わってくる。
俺の狙い通り、首を裂かれたゴブリンはピューっと緑色の血を撒き散らしながら倒れた。
間髪入れずにもう1体の剣を持った個体が、喚き散らしながら俺の方に向かってくる。
斬りかかってきたその剣を逆に弾き飛ばし、先ほどと同様に首を目掛けて刃を走らせた。
……とても奇妙な感じだ。
最近まで槍なんて握ったことさえ無かったのに、まるで身体がその動きを覚えているかのようにスムーズに動く。
どんな動きが最適なのか、それが自然と身についているみたいだった。
頭で考えている動きは完璧にトレースできるし、むしろそれ以上のことだってできるかもしれない。
ポイントによってかなり上昇しているステータスを俺は持て余し気味だったが、今はそれを十全に使っているという気がする。
これは間違いなく『格闘』と『槍術』のスキルのおかげだな。
かなりお高い買い物だったが、その分思っていた以上に有用なスキルだったらしい。
「――これで最後っと!」
「グギャッ……」
そして、最後のゴブリンの胴体に槍を突き刺した。
ジタバタと最期の力を振り絞って暴れ、その時に恐怖を滲ませた表情のゴブリンと目が合った気がするが、殺すことに慣れてしまったのか特に何も感じない。
……いや、割と初めから普通にゴブリンを殺してたわ、俺。
死にかけたりしたせいで、色々と頭のネジが飛んだのかもしれないな。
俺は周囲に転がるゴブリンの死体を一瞥し、そのあと槍を肩に担ぐようにして一息ついた。
今回はだいぶ上手く戦えたな。
それに、槍を振るっていてすごく楽しかったと思う。
格闘技を習っていた時にも体験したが、相手を倒すってのは結構気分が良いもんだ。
たとえそれがポイントでブーストした力でも、な。
ポイント使いの能力も、それによって得た力も全部俺の力、そう思うことにしたのだ。
おっと、ゴブリンの死体をポイントに変換しておかないと。
コイツらは1ポイントにしかならないが、放置するのは勿体ないし、なんとなく無駄にしてしまったみたいで嫌な気分になる。
言うならばご飯粒を残したみたいな感じだ。
俺がゴブリンの死体を片っ端からポイントにしていると、離れた場所で待機していた雫が近づいてきた。
「傍から見れば人間を辞めているとしか思えない動きでしたけど、あなたの前世はクー・フーリンか何かですか?」
「なわけあるかい」
雫の冗談を即座に否定する。
戦闘終わりに掛ける言葉にしてはぶっ飛んでいるぞ?
とはいえ、槍使いの大英雄の名を出されて煽てられるは悪い気はしない。
俺は元々褒められて伸びるタイプだし。
「戦闘の腕前はお見事でしたよ。にしても、マンションから出たばかりなのにこうもモンスターに遭遇するのは少し面倒ですね。まだまだ宝石店までの道のりは長そうですし、避けられる戦闘は出来るだけ避けた方が良いかもしれません」
「そうだな。今はレベル上げよりもポイントを貯める方が大事だ。仲間を呼ばれても鬱陶しいし、避けられない戦闘以外は無視して進むか」
「了解です」
レベル上げも大事だろうが、それ以上に今はポイントを確保する方が大事だ。
ポイントがあればまず生活には困らないだろうし、何より俺と雫の戦力を手っ取り早く増強ができる。
優先すべきことを見失ってはいけない。
そして、その後は周囲の警戒をしながら極力戦闘は避けて崩壊した街の中を進み、ようやく1店舗目のコンビニに到着した。
今日の最終目的地である宝石店に到着するのは、まだまだ時間が掛かりそうだ。
「じゃあ早速……強盗犯にジョブチェンジだな」
俺はアイテムボックスからフルフェイスヘルメットを取り出してそう言った。
コンビニに置いてあるATMは、俺にとってゲームで言う宝箱である。
それもかなり価値のあるアイテムが確定でドロップする金色の宝箱だ。
倫理的には真っ黒ではあるが、この非常時にそんなものを放置するなど俺には考えられない。
今の俺はかなり悪どい顔をしていると思う。