「とりあえず、雫は周囲の警戒をしていてくれ。ATMをアイテムボックスに仕舞うだけだから手間は一瞬だし、そのスナイパーライフルを振り回すには店の中は少々手狭だからな」
「わかりました。あ、ついでに水や食料も適当に確保しておいたらどうでしょう? ポイントで交換できるとはいえ、節約できるところはしていった方がいいのでは?」
ふむ、確かにそうだな。
スキルの説明を見る限り、アイテムボックスに入れた物は時間が止まるみたいだから腐る心配もない。
どうせ放置されていればいずれは食えなくなるのだから、それなら俺たちが有効活用してやった方がいいか。
「そうだな。ATMを回収したらパパッと水や食料、他にも色々とアイテムボックスの中に放り込んでおく。それまで周囲の警戒は頼んだぞ?」
「任せてください、ボス」
誰がボスだよ。
さっきから何故か雫がノリノリなんだが……。
これでサングラスでもあれば、完全にスパイごっこで遊んでいるようにしか見えないだろうな。
ま、土壇場で躊躇されるよりかはだいぶマシか。
モンスターに対する警戒は雫に任せ、俺は一応ヘルメットを被ってからコンビニの店内に入っていく。
「結構荒らされてんな。それに、これはモンスターに破壊されたっていうよりも、人間が水や食料を奪い去っていったって感じか?」
俺の目に飛び込んできたのは、暴動にでも巻き込まれたんじゃないかと思ってしまうくらいに荒らされた店内の有り様だった。
商品がいくつか棚から落ちて散乱しているし、奥にある飲み物を保冷する冷蔵庫が開けっ放しで放置されている。
ただ、モンスターに襲われたのならもっと破壊されていてもおかしくはない。
少なくとも、ゴブリンに荒らされていたマンションの部屋は酷いもんだったから。
無意味に家具や壁を破壊したりとか。
何よりあの食欲旺盛なゴブリン達なら、この場で食料を食い荒らしているはずだ。
持ち帰って仲間と仲良く食べるなんてことはしないだろう。
おっと、そんなことよりもまずはATMの回収だ。
荒れ果てた店内を進み、入り口から見て左奥に設置されているATMの元へ歩いて行く。
これがアイテムボックスに入らないとなると、ポイント的にかなり痛いがひとまず放置するしかないだろう。
ひとつひとつ破壊して現金を取り出すなんて作業は、流石に手間がかかり過ぎるからな。
こんな危険な場所に長居はしたくない。
「ちゃんと入ってくれよ……っと、良かった良かった。無事に回収成功だ」
頼むぞ、と願いながらスキルを発動させたが、どうやら俺の心配は全く必要なかったようだ。
両手でも抱えきれないくらいの大きさがあるATMも、問題なくすんなりと収納することができた。
スキルの説明では容量に関する記載が無かったが、もしかするとそもそも制限が無いのかもしれない。
その方が俺も助かるし、出来ればそうであって欲しい所だ。
「……うん、ちゃんと入っているな」
心の中で『アイテムボックス』と念じると、ステータスが表示される時と同じように、今まで収納してきた物の一覧が表示された。
そして、その中にはしっかりと『ATM』という項目が追加されている。
『アイテムボックス』のスキルには、こうして収納した物を確認できる機能が搭載されているらしい。
ま、それに気づいたのは今朝の話だけどな。
こんな所で悠長にしている時間は無いので、ATMを回収した俺は手早く店内に残っていた物資の中から状態の良い物だけをパパッとアイテムボックスの中に放り込み、外で待機している雫と合流する。
「待たせた。だが目的のモノは無事に回収できたぜ」
「それは良かったです。水や食料はどうでした?」
「飲み物は結構残っていたけど、弁当なんかは期限が切れていたから少ししか回収してない。だからお菓子とかインスタント食品を中心に漁っておいた。ただ、元から結構荒らされていたから、それもあんまり量がある訳じゃないな」
俺はそう言って被っていたヘルメットを脱ぎ、それをアイテムボックスに仕舞った。
顔全体を覆うフルフェイスのヘルメットだけに、動き回ると多少息苦しいのが唯一の欠点だな。
この分だとあまり戦闘には使えないか。
「こっちは一度ゴブリンが近づいて来ましたが、幸いにも私たちには気付かずに去っていきました。でも……」
「でも?」
「でも、そのゴブリン達が何かに怯えていたみたいなんです。獲物を探しているというより、誰かから逃げているような、そんな感じでした」
逃げている、か。
すぐに思い当たるのはオークだが、もしかしたら他にもヤバイ奴がいるかもしれないな。
もちろん、モンスターじゃなく人間の可能性も十分にあるけど。
「ならこれで、なおさら慎重に進まないといけなくなったな。最悪、宝石店を諦めることになるかもしれないから、雫もそう考えておいてくれ」
「はい、わかりました」
どうやら外の世界は、俺たちにすんなりポイントを回収させてはくれないらしい。
◆◆◆
私はふと、少し先を歩いている秋月さんの背中に視線を向けた。
彼は不思議な人です。
こんな物騒な世界になっているというのに、既に今の現状に適応している。
それどころか、時折楽しんでいるような素振りさえ感じられます。
私も大概だと思っていましたが、まさかそれ以上に合理的な判断を下せるとは思ってもみませんでした。
早くに彼と接触出来たのは幸運だったと言えるでしょうね。
秋月さんは自分の職業をフリーランスのプログラマーと言っていたけれど、私は未だにそれが半信半疑です。
私の予想では、あまり大きな声で言えないような職業だったのではないかと密かに睨んでいます。
まぁ結局のところ、私は別に秋月さんが反社会的な人であっても気にはしませんけど。
こんな秩序も無い世界ではむしろそっちの方が頼りになるでしょうし、彼は理性的な考え方ができるので、私が襲われる心配も低いですから。
それに出会ってからそれほど経っていないのに、男性が苦手だった私がここまで話せるなんて初めての経験です。
適度な心の距離感というか……他人との距離の取り方が凄く上手いんですよね、秋月さん。
不快にならない程度に近づき、信用できないと思われるくらいには離れない。
これではまるで天然の人たらしのようです。
そんなことを考えていると、気付けば次のコンビニに到着しました。
しかし、店の前にはヤンキーがたむろしている……ようにゴブリン達がくつろいでいます。
これでは戦闘を避けることは出来ないでしょう。
「さっさと片付けるぞ。俺が突っ込むから、雫は後ろから援護してくれ。くれぐれも誤射だけはしないように」
「了解です、ボス」
私がそう返事を返すと、『だから誰がボスだっての』と呟きながら飛び出していった。
やっぱり秋月さんは凄く頼りになりますね。
足を引っ張らないように、私なりに頑張ってみようと思います。