監視カメラが生きていた時の為にフルフェイスのヘルメットを装着し、俺たちは遂に宝石店の中へと侵入した。
「おぉ……こりゃすげぇ」
自然と俺の口からそんな言葉がこぼれる。
この店も無駄足とはならなかったようで、見渡す限りの高級品が陳列されている……まさに宝の山ってやつだ。
店内は結構散らかっているが、コンビニと違って何かを持ち出されているような形跡は無い。
精々いくつかのショーケースが割れて、中の商品が床に落ちている程度だった。
「俺は奥の方から手を付けていくから、雫は手前の方から回収していってくれ。気に入ったものがあれば一つ二つくらい自分のものにしても良いぞ?」
「別にいりませんよ。こんな状況で着飾ろうとも思いませんし」
そらごもっとも。
いくら派手な宝石で身を包んでも、死んでしまえば何の意味もない。
それなら丸ごとポイントに変えて、武器なり防具なりを整えた方が何倍も有意義な使い方だと俺も思う。
後々もっと安全を確保できれば取っておくというのもナシじゃないが、少なくともしばらくはそんな余裕はなさそうだ。
そんなこんなで俺と雫は二手に分かれて宝石の確保に向かい、それぞれ作業を開始した。
俺は槍の柄の部分、雫はアサルトライフルのバットプレートと呼ばれる部分でショーケースを破壊し、その中に展示されているネックレスやら指輪などを手当たり次第に回収していく。
あとで纏めてポイントに変換する予定なので、商品は全部そのままアイテムボックスの中だ。
チラッと雫の方を盗み見ると、雫は雫で気軽な調子で商品をホイホイと鞄の中に放り込んでいた。
思い切りが良くて何よりである。
「……ん? これって何の音だ?」
俺もサボっていないで作業を再開しようとすると、何処からかかなり小さな音が聞こえてきた。
こう、道路工事している時みたいな感じの音だ。
それは意識しないと見逃してしまうような本当に微かな音で、俺がそれに気付けたのも本当に偶然だった。
「秋月さん! 外を見てください!」
俺の手が止まっていると、雫から珍しく焦ったような声が上がる。
その様子からただ事ではないと判断し、すぐに一番近くの窓から外の様子を伺うように覗き込んだ。
「一体どうしたんだ……って、はぁ!? クソッ、何だよあれは!」
窓の外から見えたのは、オーク。
それも数体なんてレベルじゃなく、軍隊かってくらいの数がこっちに向かってくるのが見えた。
人間より一回りも二回りも大きな巨体を揺らしながら、確実に進軍して来ている。
まだオークとは戦ったことはないが、あれだけの数を相手にして生き残れると思うほど、俺は楽観的ではない。
「アレは流石にやばい……! 雫、残りはこのまま放置してさっさと逃げるぞ!」
「は、はいっ」
まさかあのオークたちは俺たちに向かって来ているのか?
……いや、いくらなんでもそれは考えすぎか。
俺たちが今まで倒してきたモンスターはゴブリンかゾンビだけだから、オークがあんなに雁首揃えて報復する為に行軍してくるとは考えにくい。
なら、アイツらには何か別の目的が……?
まぁとにかく、今はそんなことを考えるよりもここを離れるのが先だろう。
店の中にある商品の数を考えれば、まだ全体の5分の1くらいしか回収できていないが、欲をかいて死ぬなんてマヌケな最期は御免だ。
「とりあえず集めていた分だけは持ってきました!」
「よしっ、じゃあ急いでここを離れる。もしも敵と遭遇しても絶対に足を止めるなよ?」
「はい、了解です」
雫が確保した分が入った鞄をアイテムボックスにしまい、俺たちはすぐに外へと飛び出した。
出入り口が一つしかない為、仕方なく入ってきた時と同じ場所から出るが、既に先頭を歩くオークの姿がはっきりと目視できるくらいの距離にまで接近されている。
……思ったよりも近いな。
このままでは確実に接敵するであろうことは言うまでもない。
「え! ちょ、秋月さん!?」
「すまんがちょっとだけ我慢してくれ! それと、口を開けていると舌を噛むぞ?」
一刻も早くこの場を離れる為、俺は有無を言わさず雫を抱えて走り出す。
今の俺のステータスを考えればこうした方が確実に速い。
雫もそれを理解しているのか、暴れたのは最初だけですぐに大人しくなってくれた。
「秋月さん! どうやらオークたちに気付かれたみたいです! どうしますか!?」
俺に抱えられながら後ろの様子を伺っていた雫からそんな声が上がる。
チッ、やっぱりこの距離だと見つかっちまうか。
だがあの数を相手に戦っても、どうやったって俺たちに勝ち目はない。
「このまま逃げ切る! しっかり掴まってろよ!」
「捕まるって、一体なにを――っ!」
俺は今までよりもさらに走る速度を加速した。
ここが踏ん張りどころだ。
周囲の景色が結構な速度で流れていき、身体全体で風を受ける。
体感では自動車くらいのスピードが出ている気がするが……はは、完全に人間を辞めているみたいだ。
スキルを獲得したことでステータスを出し切れていると思ったが、どうやら俺はまだ上昇したステータスを扱いきれていなかったらしい。
だが今は余計なことを考えず、逃げることに全神経を集中させる。
「まだオーク共は追いかけて来ているか?」
「い、いえ。途中までは追いかけて来ていましたけど、このスピードについて来れなくなって諦めたみたいです……」
逃げ切った、のか?
ちょうど横転しているトラックがあったのでその影に身を隠し、雫をゆっくり降ろす。
そして、そこからひっそりとオークたちの様子を伺った。
俺の決死の逃亡が功を奏したのか、見る限りではオークの姿はない。
「ふぅ、撒いたみたいだな。アイツらの足が見た目通りそんなに速くなくて助かった」
突然訪れたハプニングだったが、俺たちは何とか無事に逃げ延びることに成功したのだった。