大量のオークの群れに遭遇した俺たちだったが、無事に逃げ延びることに成功し、今は3階建ての小さなビルに身を潜めていた。
一通り調べた限りでは、このビルの中には生存者もモンスターも居ない。
その代わり、ソファーと机みたいな大きい家具以外に何も無いような場所だったけどな。
多分このビルは売りに出されている物件とかなんだろう。
人の気配はまるでないが、ちゃんと掃除はされていて割と綺麗だ。
「怪我は無いか? 軽い擦り傷とかでも放置せずに言ってくれ。低級のポーションを渡すから」
「戦闘は遠距離から狙撃していただけですし、私は全然大丈夫です。それと、さっきはありがとうございました。抱えて逃げてくれなかったら、多分オークたちに追い付かれていたと思います。……ちょっと恥ずかしかったですけど」
雫は少しだけ頬を赤く染めてそう言った。
あー、今思えば我ながらかなり大胆な行動だったな。
女の子をお姫様抱っこをするなんて、もちろん俺も産まれて初めての経験だったし。
あの時は命が掛かっていたから俺に下心なんて微塵も無かったが、それでも羞恥心が無くなる訳じゃない。
「……まぁとにかく、回収した金や宝石をポイントに替えておきたいし、しばらくはこのビルに隠れてやり過ごそう。だから雫も少し休んでいて良いぞ」
「は、はい。そうさせてもらいます」
雫はソファーに腰を下ろし、自分のスキルで銃の調整を始めた。
彼女の職業でありスキルでもある『FPSプレイヤー』は、モンスターを倒せば銃を強化できるポイントが入手できるという仕組みだ。
道中で結構な数のゴブリンを倒していたので、ポイントも溜まっているだろう。
さて、じゃあ俺の方も早く始めるか。
あのオークの軍勢を見たからには、早急に装備を整えてステータスを上げておかないと不安しかないからな。
まずはアイテムボックスからATMを一台取り出して、と。
そうしてウィンドウから『ATM』を選択すると、目の前にドンッとコンビニから借りてきた筐体が出現した。
あんまりデカい音を立てるとモンスターが寄ってくるかもしれないから、出来るだけ静かにやろう。
愛用の槍を両手で握り締め、とりあえず筐体の鍵部分に向けて突き刺す。
俺の人外ステータスの力を乗せたそのひと突きは、筐体の外装を容易く貫いた。
「あれ? これでも開かないのか」
これで念願の札束の山……と思いきや、鍵を破壊したのにそのハッチは開かない。
俺の攻撃で歪んだのか、もしくは別の方法でしか開くことができないのか、多少力を入れるくらいではビクともしなかった。
はぁ、とため息をつき、仕方ないのであとは力技でいくことにする。
「ぐぅぉぉぉ……!!」
空いた穴を掴んで全力で力を込めると、『バキバキ!』という音を立てながら剥がれるようにハッチが開いていく。
……結構な音が出てしまったがまだ許容範囲内だろう。
そうやって無理矢理こじ開けた中を覗いてみると、中にはよくわからないコードや機械が詰まっていた。
それらを引きちぎったり破壊しながら、中に眠っているであろう諭吉君たちを探す。
雫はその様子を見ていたのか、後ろの方から『ワ、ワイルドなやり方ですね……』なんて感心する声が聴こえてきた。
荒っぽいやり方なのは自覚しているが、すぐに思いつく限りではこれが一番手っ取り早くて静かな方法なんだよ。
そして――
「わぁお、こりゃ大量だ。こんな大金見たことねぇぞ」
見つけた……! ようやく札束とのご対面だ。
一万円札、五千円、そして千円札が縦に積み重なっている場所を発見した。
これは普通の一般人ではお目にかかれない光景だろう。
今まで犯罪者たちの気持ちなどまるで分からなかったが、こうも簡単に大金を得られるのなら犯罪に手を染めてしまうのも今なら分かる。
そんなことを考えながら、それらをせっせと一枚残らず外に出していく。
この現金は全て貴重なポイントに変換するので、例え千円札でも放置するつもりはない。
しばらくそんな作業を続けていると、気づけばお札の小山が出来上がっていた。
「これで一気に大金持ちですね、ボス」
「……まだそのネタやんのか?」
いつのまにか雫が近くに来ていたが、彼女は1千万を超える大金を前にしても通常運転らしい。
感情の乏しい表情といい、ある意味安心するよ。
そのうち雫も飽きるだろうし、ボス呼びに関してはもう諦めた。
「さ、私も手伝うので残りのATMも出してください。そろそろお昼の時間ですし、食事は期待しても良いですよね?」
「本当にちゃっかりしてるな……。ま、俺も美味いもん食いたいから良いんだけどさ」
メインの宝石店強盗は途中までしか出来なかったが、それでも今日の稼ぎは莫大だ。
戦力を整える分のポイントを考えても、しばらくは豪華な食事にありつけるだろう。
雫に言われるままに、アイテムボックスから残り二つのATMを外に出した。
そしてさっきと同じように俺が鍵を壊し、ハッチをこじ開ける。
そこからは雫が小柄な身体を生かして金を取り出していく。
二人で協力すれば、あっという間に全てのATMの中が空になった。
「ふぅ、これで全部ですかね」
「ああ、多分な。もうあのガラクタの中には一銭も残ってないだろうさ」
作業開始からだいたい三十分くらいで、俺たちの前に札束が無造作に散らばっている光景が出来上がる。
……これだけの金が目の前にあると、流石に圧巻だな。
「早いとこ済ませてご飯にしませんか? もうお腹がペコペコです」
おっと、大金を前にして思わず放心してしまったが、いつまでもこうして眺めている訳にもいかない。
早速、この三千万はあるだろう大金をポイントに替えていくとしよう。
あ、それから宝石類なんかも纏めてポイントにしておくか。
取っておいても別に意味は無いだろうしな。
結果的に今回手に入れたポイントは、現金の方が338910ポイント、宝石類の方が201436ポイントだった。
元からあった10348ポイントと合わせて、合計で550694ポイントである。
やったぜ。
これだけあれば、さっきのオークの軍勢にだって対抗できるかもしれん。
本当に戦うかどうかは置いておいて、な。
よし、この大量のポイントの使い道を考えながら豪華な昼食といこうじゃないか。
……え? 昼飯は鰻がいい?
安心してくれ、特上を用意してやるから。