窓から外の様子をそっと伺う俺たち。
すると、50メートルくらい離れた距離に女が走っているのが見えた。
もちろん優雅にジョギングしているようには全く見えず、身体のあちこちに怪我を負って命からがら逃げているといった様子だ。
「生存者、か。雫以外に生きている人間は久し振りに見た気がするな」
「どうしますか?」
どうしますかっていうのは、あの女を助けるかどうかを聞いているんだろう。
よく見てみれば女の後ろからは10体近くのゴブリンが迫って来ている。
俺たちがこのまま見過ごせば、いずれゴブリン共に追いつかれて餌になるか、R指定されてしまうような展開になるかの二択だ。
どちらにせよ碌な未来じゃないな。
相手がヤバそうなモンスターだったら考えるまでもなく見捨てるんだが、ゴブリン程度なら経験値にしかならないし、危険もほとんど無い。
なら、たまには良いことしておいてもバチは当たらないだろう。
さっきまで中々の犯罪をしていたことだし。
「ふむ、敵がゴブリン程度なら助けてみるか。俺たちが知らない情報を聞けるかもしれないしな」
「わかりました。じゃあ私は後ろから援護しながら、あの女性を保護します。ただ、いくらゴブリンだからと言って油断は禁物ですよ?」
「あいよ、了解だ」
俺は雫の忠告を胸に刻み、新しい武器である『魔槍アラドホーン』を右手で握りしめる。
今まで鋼の槍を使っていたので少しは違和感があるかと思ったが、握ってみた限りでは全くそういう事はなかった。
むしろピッタリ俺の手に馴染んでいるくらいだ。
さらばだ、俺の愛槍よ。
これからはコイツが俺の相棒だ!
鋼の槍はそのうち投槍にでも使ってやろう。
雫もアサルトライフルからスナイパーライフルに持ち替え、先ほど渡したナイフを腰のあたりに装備している。
ちなみに、俺が渡したそのナイフの名称は『コンバットナイフ・闘』というもので、見た目はかなり肉厚な片刃の軍用ナイフだ。
武器の一覧表にコンバットナイフシリーズがズラーっと並んでいたんだが、これはその中で下から二つ目に安い物である。
もっと性能の良い武器を渡したい気持ちもあったが、『コンバットナイフ・闘』の次が42000ポイントと高額だった為、サブ武器にそこまで必要はないだろうと判断した。
もちろんこのナイフだって決して性能が悪い訳ではなく、サブ武器として使うには勿体ないくらい良い代物だ。
それに何より、雫が喜んでいるのだから問題ない……と思う。
そして、準備ができた俺たちは悲鳴を上げた女を救う為に外へと飛び出した。
「おい! 死にたくなかったらこっちに全力で走れ!」
外に出てすぐ、俺は逃げている女に向かって声を張り上げた。
その声は無事に届いたらしく、最後の力を振り絞るように歯を食いしばって走ってくる。
とはいえ、もうかなり体力の限界が近いようだ。
助けると決めたのに助けられなかったというのは悔しいので、俺も急いでゴブリンたちに向かって走り始める。
するとあっという間に女とすれ違い、その時にチラッと顔を覗いてみたが、走りすぎで死にそうな顔をしていた。
たぶん美人だと思うんだが、汗や疲れのせいで色々と台無しになっている。
命がかかっていると美人でも必死こいて走るんだな、と余計なことを考える余裕すら今の俺にはあった。
「はぁあああ!!」
回転しながら槍を横に振り払うと、ゴブリン共は吹っ飛ぶ……ことなく下半身と上半身が真っ二つに分かれてしまう。
当然その直後、ゴブリンたちの身体からは紫色の血が勢いよく周囲に飛び散った。
「うおっ!?」
あ、危ねぇ。
咄嗟に飛び退かなかったら、ゴブリンの血液を全身に浴びるところだった。
吹っ飛ばすつもりが、まさか身体を両断してしまうとは思わなかったぜ……。
数体のゴブリンは死なずに残っていたから、残りは返り血を浴びないよう慎重に倒しておいた。
あっさりと戦闘を終えてしまった俺は、雫の方に視線を向ける。
雫は俺の最初の攻撃で援護の必要は無いと判断したらしく、既に女性に肩を貸してさっきまで俺たちが居たビルの中に引っ込んでいた。
俺も周囲に敵が居ないことを確認してから、さっさと引っ込むとしよう。
そしてビルの中に戻ると、息が上がっている女性の背中をさすっている雫の姿が見えてきた。
「はぁ、はぁ、助け……れて、はぁ……あり、がとう」
そして俺の姿に気付き、さっき救助した女性は息も絶え絶えに礼を言ってくる。
今まで走り回っていたからだろうが、声も掠れているし、これじゃあ話を聞くどころじゃないな……。
「どうぞ、これでも飲んで落ち着いてください」
「ありがとう……!」
よほど喉が渇いていたらしく、俺が水のペットボトルを差し出すと、それを半ば引ったくるように奪い取ってゴクゴクと一気に飲み干した。
そしてしばらくすると、ようやく息を整えた女が口を開く。
「あの……助かりました。貴方たちは私の命の恩人です。本当にありがとうございました」
そう言って女性は俺と雫に深々と頭を下げる。
まだ多少息は荒いものの、最初の死にそうな顔よりは随分マシになった。
歳は俺より少し上くらいだろうか。
綺麗な茶髪を肩よりも長く伸ばしていて、毛先の方が軽くカールしている。
こうして改めて見てみると、彼女は間違いなく美人と言っても良いだろう。
……さっきの死にそうな顔が頭を過ぎって、そのギャップで吹き出しそうにはなるが。
「いえ、別に気にしないでください。困った時はお互い様ですから」
キラーン、という効果音が出そうなくらいに爽やかな笑顔を作る。
俺は高校時代のバイト先で、目付きが怖いからと笑顔の練習だけは人一倍させられたんだ。
直前に命を救っている事も合わせれば、そこそこ好感情を抱かれるくらいにはなっていると思う。
だが雫よ……俺も似合わない事をしている自覚はあるから、その胡散臭そうな目で俺を見るのは止めてくれ。
「あっ、えと……それでも命を救われた事には変わりませんから、是非ともお礼がしたいです!」
「そうですか。うーん、なら街の様子について何か知りませんか? 俺たちは今までずっとマンションに隠れていたものですから、今の状況があまりわかっていないんですよ」
「はいっ、なら私が知っていること全てお話します!」
ほら、笑顔の効果でかなり友好的な関係を築けそうだ。
やっぱり人と話す時は笑顔が大切だよ、うん。
「それは助かります。あ、自分は秋月 千尋と言います。よろしくお願いしますね?」
「わ、私は間宮 雅です。ぜひ雅と呼んでください! それから、こちらこそよろしくお願いします、千尋さんっ」
熱に浮かされたような表情を浮かべ、雅という女性は俺に視線を送っている。
……いつに間にかずいぶん仲良くなったみたいだ。
命を救ったのだから、当然と言えば当然……なのか?
とはいえ雫よ、いい加減その胡散臭そうな目で俺を見るのはやめなさい。