「ふむ、なるほど。街はそんなに大変な事になっていたんですね……」
俺と雫は雅さんから話を聞いていたんだが、どうやら思っていた以上にヤバいことになっているようだった。
「知っての通り、あの化け物たちが出現している地域ではなぜか通信が全く使えません。それで外部との連絡が取れなくなって、救援を呼ぶこともできず、数で制圧されてしまったみたいです」
彼女から聞いた話では、既にこの街の警察や自衛隊はほとんど機能していないらしい。
機能していないというよりも、何の前触れもなく忽然と姿を現した化物たちに、為す術なく壊滅させられてしまったようだ。
というか、俺のスマホも圏外になっていて使えなかったな
何処かにぶつけて壊れたと思っていたから気にしていなかったが、そうではなかったみたいだ。
「化け物が出現している地域ってことは、していない場所もあるんですか?」
「ええ、少なくとも東京周辺の県には出ていないという話でした。ただ、噂では大阪と北海道の一部がここと似たような状況になっているみたいです……」
「大阪と北海道も、ですか」
となると、それ以外の場所にもモンスターが出現していてもおかしくはない。
当面の目標は東京を脱出して、安全地帯に避難することか。
どこもかしこも同じような事になっていると思っていたから、安全地帯があるというのはかなり助かる。
冬になる前に拠点を確保しなければと密かに焦っていたが、モンスターの出現が限定的ならばその必要もないな。
今後のプランを色々と考えていたけど、無駄になってしまったみたいだ。
「外からの助けは?」
「今すぐに、ということは恐らく無いと思います。政府はモンスターが出現している場所を危険区域と呼んで、その場所を封鎖するという方針で固まっていましたから。ですので自力で脱出するか、もしくはいつ来るか分からない救援を待つしかないでしょう」
「危険区域……。でも封鎖なんて可能ですかね? モンスターの中にはドラゴンみたいな空を飛ぶヤツもいました。物理的に不可能だと思いますけど」
「ああ、それは大丈夫です。あの異形の化け物たちは、ある特定の範囲からは外に出て来ないことがわかったんです」
「へぇ、それはずいぶん不思議な話ですね」
モンスターたちは東京から出ない……いや、出られないのか?
それなら、ここを含めた危険区域を封鎖することは案外簡単なのかもしれない。
勝手に侵入する市民を弾けば良いだけだからな。
だがおかしいな。
なぜ雅さんはこんなにも詳しい情報を知っているんだ?
俺はそんな疑問をそのまま彼女にぶつけてみた。
「でも、雅さんはその情報をどこから手に入れたんですか? スマホは当然使えないんですよね?」
「私が住んでいるのは埼玉県なんです。でも、突然東京に住んでいる妹と連絡が取れなくてなってしまって……それで心配になって立ち入り禁止と言われていたここへ来ました。だからある程度の情報は知っています。東京から出れば、スマホも普通に使えますからね」
雅さんは話を続ける。
「それからこの街の警察や自衛隊が壊滅したっていうのは、その生き残りの中に偶然知り合いの方がいて、危険区域内の話を運良く聞けたんです。まぁ、それで妹が東京にいるから余計に心配になってしまいましたが……」
それで自分でここに乗り込んで来た、と。
正直に言って、彼女の行動は無謀だ。
だが、いくら家族の為とはいえこんな危険な場所にやってくるなんて誰にもできることじゃない。
その部分だけは素直に尊敬できる。
ま、それで自分が死にかけてちゃ世話ないが。
「ずいぶん妹さん想いなお姉さんですね」
俺がそう言うと雅さんは照れ臭そうに微笑んだが、その後に若干陰を落とした。
妹さんのことを思い出したのかもしれない。
「東京から出ればモンスターたちはいないらしい。雫、どうする?」
俺は今までダンマリを決め込んでいた雫に問いかけた。
「……お任せします」
「そうか? まぁ、あとで話し合うか。すぐにどうこうできることでもないし」
どうやら雫は何かを考え込んでいるらしい。
今はそっとしておくか。
俺は今の現状について改めて整理する。
東京都は比較的に小さいが、徒歩で移動するともなればそれなりに大変だ。
モンスターが徘徊しているのなら更にキツイ。
ハイキング気分で気軽に東京から脱出、という訳にはいかないだろうな。
……いや待てよ。
今の俺のステータスならどうだ?
オークから逃げ切ったときのスピードで駆け抜ければ、案外あっさり出られるんじゃないか?
――うん、危険だが一つの手ではある。
頭の片隅にでも置いておこう。
俺がそんなことを考えていると、すっかり落ち着いた様子の雅さんが、意を決したように俺たちを見据えてきた。
「千尋さん、それと雫さん。助けて頂いてありがとうございました。私はこれから妹が借りていたマンションに行ってみようと思います。もしまたお会いできれば、その時は改めてお礼しますっ。本当に、ありがとうございました!」
そう言って雅さんは立ち上がり、ドアから廊下に出ようとする。
さて、どうするか。
俺たちが雅さんを助けてやる義理はない。
義理はないんだが……このままでは非常に後味の悪い結末が起こるだろう。
彼女はゴブリン程度すら倒せないからな。
「――待ってください!」
俺が何かを言う前に、隣からそんな声が上がったのだった。