「――待ってください!」
俺の隣からそんな鋭い声が聞こえてきた。
今までダンマリを決め込んでいた雫が突然声を上げたことで、今まさに部屋から出て行こうとしていた雅さんも驚いている。
当然俺も驚いた。
雫の方に顔を向けると、さっきまでは我関せずといった様子で大人しく話を聞くだけだったのに、今は何かを決心したみたいな表情でまっすぐ俺の目を見ている。
「どうかしたか?」
「……秋月さん、彼女に手を貸してあげることは出来ませんか?」
「手を貸すっていうのはつまり、妹さんを探すのを手伝うってことか?」
「そうです。さっき聞いた情報は私たちにとってもの凄く貴重なものでした。本当に東京から離れれば安全なら、多少の寄り道くらいは問題無いと思います。それに、彼女はまだモンスターを倒したことがありません。もしかすると何か凄い職業やスキルが――」
「お、おぅ……わかったわかった。だから少し落ち着けよ」
ポンポン飛んでくる言葉の嵐に押されながらも、まくし立ててくる雫をなだめて一度落ち着かせる。
無口な雫からは想像できないくらいの押しの強さだ。
俺も思わず返事を返してしまった。
「あ、いえ……すいません」
我に返ったようで、ハッとしたように元のクールな雫に戻った。
それにしても意外だな。
雫は結構ドライな奴だと勝手に思っていたから、雅さんのこともあまり関わり合いになりたがらないだろうと、俺の中で決めつけていた。
さっきの話し合いでも一言も口を挟まなかったし。
それが他人のためにここまで必死に食い下がるなんて、どうやら俺は雫の一面しか知らなかったみたいだ。
ま、出会ってから数日なんだから当然だけど。
そして、俺は雫にだけ聞こえるような声量で話しかけた。
「雫、俺たちは共犯者だ」
「……え?」
「この関係が続いている限り、俺はお前の意思を尊重する。さっきの話の中で、一体何がお前の琴線に触れたのかは分からないが、雅さんを助けたいのなら手伝うさ」
俺の言葉が意外だったのか、雫は口を開けてポカンとしている。
正直に言って、色々考えていた予定は全部白紙になったばかりだ。
適当に周辺を回ってレベル上げとポイント集めの他には、俺の知り合いの様子を見に行こうかなくらいしか予定がない。
それに、東京から出ればモンスターの危険が無いのなら、生き残るための難易度はグッと下がるからな。
丁度レベル上げとポイント集めをしておきたかったし、そのついでとして人捜しに協力しても、大した手間では無いだろう。
それに、俺も鬼じゃないんだ。
明らかに死ぬ危険があれば容赦なく見捨てるが、今回はそこまでじゃない。
雅さんを助けることで雫が満足するなら、俺は喜んで協力するさ。
「あ、あのぉ……お二人には命を救って頂きましたし、これ以上私に付き合わせるのは流石に申し訳ないです。雫さんのお気持ちだけで十分ですから、千尋さん、どうかお気になさらず」
すっかり蚊帳の外になっていた雅さんが、恐る恐るといった様子でそう言った。
「おっと、すいません。当の本人を放ったらかしで話を進めてしまいました。でも雅さん、雫もこう言ってますし、遠慮なく俺たちを頼ってください。妹さんのマンションはここから近いですか?」
「え、ええ。ここから大体10分くらいだと思いますけど……」
「なら尚更遠慮はいりません。俺たちは元からこの辺りでモンスターを狩るつもりでしたから、それほど手間にはならないんですよ」
「……あの化物をわざわざ倒すんですか?」
あー、そういえば彼女はまだステータスとかレベルとかを知らないんだったな。
まずはその説明からか。
俺は簡単にステータスについて雅さんに教えた。
初めは半信半疑だったが、実際にアイテムボックスから『魔槍アラドホーン』を取り出してみせると、簡単に信じてくれた。
「これって魔法ですよね!? 外にいるモンスターを倒せば、私もこういうのを使えるようになるんですか!?」
「それは……実際にやってみないとわかりませんね。俺たちもまだ、この力をよく理解していないですし。ただ、何かしらの力を手に入れられるとは思います」
「す、凄いですね!」
雅さんはそうしてしばらくの間ずっと興奮していた。
何か魔法に憧れの様なものがあるのかもしれない。
ようやくそれが収まると、はしゃいでしまったという恥ずかしさで赤面してしまった。
「……すいません。お見苦しいところをお見せしました」
よほど恥ずかしかったのか、雅さんは消え入りそうな小さな声でそう言った。
そしてその後に、続けて俺に深々と頭を下げる。
「お二人には感謝してもしきれません。このご恩はいつか必ずお返しします」
「礼を言うなら、俺よりも雫に言ってやってください。雅さんを助けようと言い出したのは雫ですから」
「もちろん雫さんにも感謝してます! 雫さん、本当にありがとうございます!」
かなり歳が下の雫に対しても、しっかりと頭を下げられる雅さんはかなり人間的にできた人だ。
むしろ頭を下げられている雫の方があたふたしている。
「それと助けてもらえるのは本当に、本当にありがたいんですけど、絶対に無理はしなくても良いですからね? 今日会ったばかりの方々に、危険なことを強制させるなんて出来ません。最悪、私を見捨てて逃げても恨みませんから」
心配そうに上目づかいでこちらを見上げてくる雅さん。
もしこれが狙ってやっているとすれば、かなり計算高い魔性の女だろう。
……いや、天然だとしてもそれはそれで凄いな。
つまり、どちらにせよ彼女は恐ろしい女ということになる。
「……?」
今もコテンと首をかしげる自然なあざとさ。
並大抵の男ならコロッと落ちそうなレベルかもしれない。
俺も気をつけないとな。