マンションのすぐ前までやってきた俺たちだったが、そこで思わぬ足止めを食らっていた。
「ここにはよそ者を匿う余裕なんてない。さっさと失せろ!」
取りつく島もないほど剣呑な態度で、バリケード越しに中年のおっさんがそう喚いている。
そのおっさんの後ろには、同じくらいの年齢の男たちが腕を組み、揃って俺たちの事を睨んでいた。
ただ、さっきまでモンスターと殺し合いをしていた身からすれば、多少威圧されたところで動じる筈もないんだけどな。
「だからさっきからずっと言っているじゃないですか……! 私たちはこのマンションに住んでいる妹を探しに来たんです! 居ないことを確認できたら立ち去りますから、少しだけ中に入れてください!」
「ダメだ! そうやって油断させておいて、俺たちの食料を奪うつもりなんだろう!? お前たちの魂胆は分かっているぞ!」
何度も頭を下げ続ける雅に対しても、男たちは変わらずに頑な態度を取っている。
予想はしていたが、早くもこういった輩が出てきたか。
正直に言って面倒だ。
強行突破しても良いが、それだと雅がゆっくり妹を探せないだろう。
それに何より、東京の外ではモンスターが居ないということがわかった以上、流石に人間に危害を加えるというのはリスクが大きすぎる。
精神衛生的にもよろしくないし、話し合いで済むのならそうした方が良い。
そう思った俺は雅の前まで歩いていき、険しい表情の男たちに強めの口調で声をかけた。
「なぁアンタたち。俺と取引しないか?」
「取引?」
「ああ、そうだ。俺たちを中に入れてくれればコレをやる」
「そ、それは……!」
俺がそう言って見せてやったのは、賞味期限が切れた弁当だ。
雅さんと出会う前にコンビニから拾ってきたもので、ポイントで食料が交換できる俺にはまったく不要な物資。
賞味期限が切れているとはいえ、多分まだ食えるはず。
食料の備蓄が心配な連中にとっては黄金よりも価値があるだろう。
……もちろん俺は遠慮するけど。
「この弁当はあと5つほどある。他にも要望があればいくつか物資を融通できるんだが……どうだ?」
俺がそう言うと、一番前で俺たちの対応をしていた男は後ろにいる奴らと相談し始めた。
ま、男たちの表情を見る限りでは必ず俺の提案に乗ってくるだろう。
弁当に視線が釘付けだったし、実質食料がタダで手に入るんだから乗ってこない筈がない。
それから一分も経たずにおっさんが俺に話しかけてきた。
「……本当に確認したら出て行くんだな?」
「ああ、約束する」
いやいや、本当に安心してくれ。
こんな陰気な連中がいる場所になんて頼まれたって居たくない。
用事が済んだら喜んで出て行ってやるから、もうさっさと中に入れてくれよ……。
「なら入っても構わないぞ。その代わり、食料はしっかり渡してもらうからな?」
俺の願いが通じたのか、その後はあっさりと中に案内された。
入り口の近くに簡単なバリケードが設置されていたが、割と簡単に出入り出来るみたいだ。
ただ、これってバリケードの意味あるのか?
俺には関係無いから別に良いんだけどさ。
そして話し合いの結果、コンビニから持ってきた物の大半は彼らにくれてやる事になった。
もっと渡す物資を少なくすることも出来たが、途中で交渉するのが面倒になったんだ。
どうせ盗ん――拾ってきた物だし、わざわざアイテムボックスの中に取っておくほどの価値もない。
だったら気前よく渡して、俺たちの邪魔をしないように少しでも印象を良くした方が良いだろう。
ちなみに、おっさん達は次々と何もない所から物資が出てくるのに目を丸くしていたが、それ以上に水や食料を手に入れられたという気持ちが勝ったらしく、大して気にしていないようだった。
もしかすると、マンションの住人の中にもステータス持ちがいるのかもしれんな。
「念のために監視を一人付けさせてもらう。おい」
監視として付けられたのは、30代くらいの気の弱そうなヒョロイ男性だった。
目元の隈がくっきりと浮き出ており、非常に不気味な雰囲気を纏っている。
そんな彼を見た雫は、俺にだけ聞こえる声量で話しかけてきた。
「……なんか怖くないですか?」
「シッ、聞こえるぞ。どうせすぐに出て行くんだから放っておけば良い。ま、不気味な男ってのは否定しないけど」
あまりお近づきにはなりたくない感じの人ではあるが、ここを出れば二度と会うこともあるまい。
俺はなぜか立ち止まっている雅を少し急かした。
「ほら、妹を探すんだろう? こんな陰険な場所には長居したくないし、早いとこ見つけて出て行こう」
「……また助けられてしまいました。これじゃあ千尋さんへの返済が追いつきません……」
ようやく妹を探しに行けるというのに、雅はがっくりと肩を落としていた。
返済というのは恩返しってことか?
独特な言い回しだな。
まぁそれはともかく、俺は変なことで気落ちしている雅の背中を軽く叩いてやった。
「ひゃあ!?」
「別に無理に返す必要は無い。俺も雫も、ここまで来て途中で雅を見捨てたりはしないさ。だからそんな事を考えるより、早く妹を探して来い。ほら行け行け」
俺がそう促しても、雅はまだ納得がいかないような表情を浮かべていた。
まったく、何故そんな律儀な性格なのかね?
俺がそう思って呆れていると、今度は雫が口を開いた。
「行きましょう、雅さん。秋月さんって目付きと言葉遣いがすごく悪いですけど、とても頼りになる優しい方です。少なくとも、妹さんを見つけるまでは有難く力を貸してもらいましょう?」
「雫ちゃん……うん、そうだね。今は妹を探さないと!」
雫の言葉を聞いた雅は、なんとか元気を取り戻したみたいだった。
そして、エレベーターが止まっているらしいので階段で四階まで登り、俺たちは一番奥の部屋まで移動する。
それから雅はその部屋のドアを数回ノックした。
「……誰?」
「志保、そこにいるの? 私よ、雅よ!」
「お、お姉ちゃん!?」
ガチャっと開かれたドアの向こうには、雅さんの面影を感じさせる二十歳くらいの女性がいた。
茶色の長い髪を後ろでポニーテールにしていて、服装は動きやすそうなカジュアルな格好だ。
ただ、疲労が溜まっているのか若干やつれて見える。
「志保! あぁ良かった、無事だったのね!」
そうして姉妹が抱き合っているのを、俺や雫は離れた所から眺めていた。
感動の再会ってやつだな。
それに水を差すほど野暮でもないし、ここは空気に徹するとしよう。
しかし、そんな感動的な瞬間も長くは続かなかった。
「志保ちゃん、そいつらは一体誰なんだ!?」
監視として後ろにいた男が、そんな声を上げたのだ。
おいおい……マジで最近の俺は厄介ごとに好かれすぎてはいないだろうか。