おそらく何かのスキルを発動したのだろう。
さっき『狂化』と言っていたことから、それが狂戦士の固有なスキルだと思われる。
そして男がスキルを発動してからというもの、感じる気配が明らかに先ほどまでのものとは違っていて、背筋がゾッとするような何かを感じてしまう。
それこそ、レベルが上がった今の俺でさえ倒されてしまいかねない強さかもしれない。
「チッ、全員下がっていろ。この男、思った以上に危険だぞ!」
「いまサラ後悔シテも遅イ!」
「なっ!?」
こちらに向かって跳躍したストーカー男に、10メートル以上の距離を一瞬で詰められてしまった。
嘘だろ!?
ステータスが大幅に上がっている今の俺でさえ、辛うじて追えるギリギリの速さだった。
しかも攻撃に迷いが無さすぎる。
話し合いをするどころか、人間相手にいきなり攻撃を仕掛けてくるのか!
初めに会ったときはそこまで脅威に感じていなかったから、取るに足らない相手だと油断していたようだ……。
俺は咄嗟にアイテムボックスから槍を取り出して迎撃しようとするが、惜しいところで躱されてしまう。
くっ、ここまで懐に入られると槍はほとんど無力になる。
それを狙っていたのかは知らないが、こうなったらこっちも素手でやり合わなけりゃならん。
「死ネぇ! クソガキぃぃィ!」
「はっ、誰がテメェみたいなイカレ野郎にやられるかよ!」
確かに脅威的な身体能力ではあるが、コイツの身のこなし自体は直線的な素人の動きだ。
油断さえしなければそこまで怖くはない。
たとえ素手での戦いになったとしても、自惚れ抜きで俺なら圧倒できる程度の強さだろう。
脇腹を抉るように放たれた手刀を捌き、逆にこちらから男の鼻を目掛けて左のジャブを打ち込む。
続けて右ストレート。
さらに怯んだところに回転回し蹴りを食らわせる。
俺のステータスの力が乗ったその蹴りは、綺麗に頭部へと決まり、階段の方に集まっていたこのマンションの住民たちの方まで吹き飛んでいった。
「おいっ、いきなりなんだよお前ら! 用が済んだら大人しく出て行くって言ってんだろうが! なんで攻撃して来やがる!?」
「黙れ! やはり部外者をここに入れたのは間違いだったんだ。鈴木さんから聞いたぞ? お前らは略奪者だったってことをな!」
聞く耳をまるで持たないか。
下に降りる階段は連中の向こう側にしかない。
つまり、だ。
ここから逃げ出すには最低でもストーカー男をブチのめし、後ろにいる奴らをどうにかする必要がある。
……殺す気でやらないとこっちが危険だ。
下手に加減すれば手痛いしっぺ返しを食らうだろうし、俺の後ろには戦闘力皆無な奴が二人もいるからな。
そう考えると、頭の中でカチリと何かが切り替わった気がした。
「そうか。だが、これ以上俺たちの邪魔をするなら……殺す」
俺はそう言って集まっている連中を睨み付けた。
多少は怯んだところを見ると、そこそこ効果はあったらしい。
ちなみにこれは冗談ではなく、言った以上は邪魔するなら本当に殺すつもりでいる。
「一応言っておくが、これは脅しじゃないぞ? そこに転がっている変態はともかく、お前たち程度なら簡単に殺せるだろうさ。わかったら早くそこを退け」
「アぁ、痛イじゃナいカ……。イクらボクガ強くテモ、限度ッテもんガアルだろウ?」
「……本当に人間か? お前」
さっきの攻撃はかなりの手応えを感じたが……どうやらそこまで効いてはいないらしい。
倒れていたのは短い間だけで、またすぐにムクリと起き上がってきた。
不死身かよ……。
まるで人間ではなくゾンビみたいに異常な耐久力……いや、ゾンビはここまでしぶとくはないから、コイツのことは変態モンスターと呼ぶことにしよう。
「ぶ、無事だったのか鈴木さん! 早くあの男を――」
「ウルさイ」
なんとストーカー男は、近づいてきた中年男の喉を抉り取った。
敵と味方の区別もつかないとは、まさに狂戦士だな。
それに初めて人が殺される瞬間を見たが、あんまり良いものではない。
当然だけど。
そして、仲間だと思っていたストーカー男の突然の凶行に、マンションの住民たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「ドウやら一度ダケの狂化ジャ足りナイようダ。ソロソろ、ボクも本気を出すコトにシヨウ」
「本気を出すだと? 一体なにを――」
「狂化」
再びストーカー男は『狂化』のスキルを発動した。
てか、そのスキルって重複できるのか!?
こんなにドーピングされるようなブッ壊れスキル、連発できないのが普通だろうが!
「キヒッ! ヒヒヒ……! トテモ、イイキブンダ。イマノボクナラ、ナンデモデキル……!」
……正直に言って、見た目のキモさが倍増ってところだ。
平和な時なら速攻で通報されてしまうレベルで気色悪い見た目に変化した。
口からよだれをダラダラと垂れ流し、顔は青白く幽鬼のようで、目は完全にイッちゃっている。
「おい今のお前……かなりキモいぞ?」
「――フンッ!」
「おわっ!」
コイツ、またスピードが格段に上がりやがった!
ほとんど攻撃が見えない。
辛うじて攻撃を受け流してはいるが、このままじゃジリ貧で押し切られてしまうかもしれん……。
「秋月さん、伏せて!」
後ろから雫の声が聞こえてきた。
俺はすかさずストーカー男を蹴りとばし、急いでその場に伏せる。
――ドドドドドド!
それからすぐ、アサルトライフルの連射音が周囲に響き渡った。
狙ったのか適当に撃っただけなのかは定かではないが、放たれた銃弾のひとつがストーカー男の膝の皿に命中し、奴の口から苦悶の声が溢れる。
いまだ!
その一瞬の隙は見逃せない。
俺はアイテムボックスから槍を取り出し、それを銃撃で怯んだヤツの胸の中央に突き立てた。