「グゥウ!? ……ガフッ、ガゥッ!」
「バケモノめ……お前の生命力はマジでどうなってんだ?」
俺が突き刺した槍は間違いなくストーカー男の胸を貫いている。
にも関わらず、未だ絶命することなく俺を殺そうともがき続けているってのは一体どういうことだ?
まるでホラー映画だ。
これならいっそ人間じゃなく、人型のモンスターだと言われた方がしっくりくるぜ……。
どうやってトドメを刺そうかと考えていると、再び雫の声が聞こえてきた。
「その人を上に持ち上げてください」
彼女に言われた通り槍を両手で持って上に持ち上げると、パァンッという一発の銃声が響き、狂気と殺意に満ちていた男の頭に風穴が空いた。
流石に頭を吹き飛ばされると体の活動を停止させ、グッタリと全身の力が抜けていく。
ホッ、どうやらようやく死んだらしい。
本当に最期までしつこい野郎だった。
刺していた槍を強引に引き抜いて血を払う。
うげぇ、引き抜くときに無理やり過ぎたのかグロテスクな死体になってしまった。
死人の悪口なんて言いたくはないが、気持ち悪さマシマシってところだ。
《レベルが上がりました。ステータスを確認してください》
あ、コイツとの戦闘でレベルが上がったらしく、機械的なアナウンスが脳内に聞こえてきた。
トドメを差したのはたぶん雫だけど、それまで戦っていた俺にも経験値か何かが入っているらしい。
ゲームみたいに均等に割り振られているのかは知らないけどな。
そして後ろを振り返ると、スナイパーライフルに持ち替えていた雫の姿があった。
「悪い、助かった。ナイス援護だったが……大丈夫か?」
「ええ、何も問題ありません。あれは人間には見えませんでしたから、外のモンスターと何も変わりませんよ」
「はは、そりゃ頼もしい。ブランド品でもプレゼントしたい気分だ」
「ブランド品よりも丈夫な靴が欲しいですね。私が履いているスニーカーが、そろそろ限界迎えそうなので」
「後でとびっきりのやつをやるよ。期待しててくれ」
一応、始めて雫に人を撃たせてしまったから心配したんだが、空元気かもしれないけどとりあえずは大丈夫らしい。
でもまぁ実際、姿形はもはやゾンビとかの方が近いし、俺もこの男が人間だなんて思えなかった。
だから精神的なダメージもそれほどデカくはなかった……と信じよう。
「後ろの二人も大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫です。また何もできなくてすみません……」
「気にするな。勝手に逃げ回れるよりよっぽど良い」
雅の次に妹の志保の方に視線を向ける。
「そっちは怪我はないか?」
「あの、その人……鈴木さんは死んだんですか?」
「死んでる。流石にここまでやれば、生きていられるはずはないだろうからな」
「……そうですか」
むしろ死んでいない方が困る。
倒した相手が蘇って襲いかかってくるなんて、映画や漫画の世界だけで十分だ。
そんなホラーみたいな現象が現実で起こってたまるもんかよ。
しかしどうやら姉の雅はともかく、妹の志保はあんなヤツでも人を殺した俺たちのことに怯えているらしい。
言葉にせずとも目を見れば一目でわかる。
人の視線ってのは案外わかりやすい。
目は口ほどに物を言うってのは、本当によく言ったもんだと思う。
「言っておくがな、俺も雫もアンタを助ける為にこの男と戦って、その結果殺したんだ。なのに、そんな相手に人殺しみたいな目を向けるのは間違ってると思うぞ?」
「っ! あ、いや、私は別にそんなつもりじゃ……」
「どういうつもりかは知らないし、興味もない。だがまぁ、どうせもうすぐお別れだから、それまで我慢してくれ」
早ければ明日にでもこの姉妹とは別れることになる。
助けた以上は東京の県境に送ってやるまでは面倒を見るつもりだが、それまでだ。
だからどう思われていたとしても良いんだけど、流石に良い気分はしないよな。
ちなみに、俺は東京から出るのかどうかはまだ決めてない。
知り合いのところに顔を出しておかないといけないし、レベル上げとかポイント集めをしていきたいから。
もちろん、安全重視でな。
「早くここを出よう。今なら他の奴らも逃げていないし、すんなり出られるだろう」
「そうですね。こんな所、早く出たいです」
俺の言葉に雫が同意し、残り二人も神妙に頷いた。
◆◆◆
「おい、奴らはもう行ったのか?」
「ああ、出て行った。少なくとも屋上から見える範囲にはもう居ないはずだ。心配ない」
千尋たち四人がマンションを出て行ったあと、マンションの住民たちは恐る恐る部屋の外に集まり始めていた。
隣人の凶行を目の当たりにして一目散に退散していたが、しばらくすると様子が気になり始めて出てきたのだ。
そして周囲に危険がないことを確認すると、住民の一人が声を荒げて怒りを露わにした。
「だから俺は言ったんだ。外の奴らを中に入れるのは反対だってな! その結果が、コレだ。俺の、弟が、死んだ!」
「待て待て、殺したのはあいつらじゃなくて鈴木さんだろう? 急に様子がおかしくなって、それであんたの弟さんを殺したんだ。そうだろ?」
「……そうだったな。あの変態野郎が俺の弟を殺しやがったんだ! なんなら俺がもう一度このクソ野郎を殺したいぐらいだぜ!」
そう言って男は鈴木の死体に近づいていき、力一杯に蹴とばした。
何度も、何度も。
弟を失った哀しみと、どうしようもない怒りを発散するように、男は頭に穴が空いている死体を力任せに蹴り続けた。
決して褒められた行為ではないが、誰もそれを止めようとはしない。
やるせない思いは皆一緒だからだ。
「はぁ、はぁ、はぁ。クソがっ、このイカれたサイコ野郎め」
「なぁ、それよりも弟さんの遺体を運ぼう。燃やすか埋めるか、とにかく埋葬してやらないと可哀想だろ? このまま野晒しなんてあんまりだ」
「……ああ、そうだな。そうしよう」
彼が落ち着いたところで、男たちが丁重に遺体を運び出していく。
そうして鈴木に殺された仲間の遺体を運び出し、手の空いた二人の男が残された鈴木の遺体も移動させようとしていた。
――ピクッ
「ん? いま鈴木さんの遺体が動かなかったか? こう、指がピクってさ」
「おいおい、こんな時にタチの悪い冗談言うなって。頭にこんなデカイ穴が空いている人間が、まだ生きてる訳ないだろう」
「……すまん、その通りだな。たぶん俺の気の所為だろう。それじゃあ、さっさと運び出そうか。正直に言って気味が悪い」