今日、ツバキは本部にある訓練場へと足を運んでいた。
「ツバキ大将、準備が整いました!」
凡そ50名ほどの海兵が一切の乱れなくズラリと並び、そんな中で一人の将校がそう報告してくる。
彼は事前に挨拶に来てくれた将校の内の一人であり、名前はメイナード。
中将という高い階級にありながら、それでいて比較的若く経験も豊富な人物だと聞いている。
「ご苦労さん、メイナード君。それじゃあさっそく始めようか」
「はっ!」
この場に集まっているのは新しくツバキの部下に配属された海兵たちだ。
他ならぬ彼自身の希望によって比較的若い世代の海兵で固められており、その結果やる気や向上心のある者が各所より引き抜かれている。
少尉以上の階級に就いている将校達もその横でひとかたまりになっていて、そこには少尉であるたしぎの姿もあった。
ただ、自分の年齢を含め、若いというのは良いことばかりではない。
(うーん、やっぱりあまり歓迎されていないなァ。何人かはそうではないみたいだけど、ほとんど敵意に近い視線を送ってきてる)
全ての海兵がツバキを歓迎している訳ではない。
はっきり言えば、彼らはぽっと出の若造が大将という地位に就いていることが気に入らないのだ。
自分たちが戦場で功績をコツコツと積み上げて一つずつ上に昇進している中、横から突然現れた男が上司となるのだから反発も当然である。
血気盛んな若者たちであれば尚更に。
ツバキは実際に元帥であるサカズキのコネを使っているので、これに関しては仕方ないと諦めている。
ただ、それでもこのまま部下に舐められたままというわけにはいかない。
自分を高く買ってくれているサカズキの期待に応えなければ、今まで彼から受けた恩義に反する事になるからだ。
(それは、駄目だよなァ。叔父貴はもちろんだけど、親父にまでどやされる)
恩義や仁義に人一倍煩い男の姿を思い出し、ここはきっちり仕事をしなければと密かに気合を入れた。
「とりあえず、今日は戦闘訓練でもしようか。俺の実力を確かめてみない事には、君たちも俺の下に付くなんて嫌だろうしね」
ツバキは賞金稼ぎとして海兵の間で有名だ。
だが、所詮は賞金稼ぎと侮る者も少なくない。
流石に表立って批判してくるような者はいないが、それでも内心では面白くないと思っている海兵は多いだろう。
若く未熟な海兵であればそんな傾向がかなり強い。
何人かはツバキの実力を本能的に察して既に認めているが、それは少数派である。
故に、ここは手っ取り早く荒療治で行くことにした。
「――さァ、全員で掛かって来い」
意味がわからないと戸惑っていた海兵達だったが、その言葉の意味を理解すると視線がより鋭くなった。
そんな彼らに動じることなく、ツバキは挑発を続ける。
「聞こえなかったのかい? 俺は全員で掛かって来いと言ったんだけど」
「……後悔しますよ」
「大丈夫だよ。こう見えて、俺は結構強いから」
「そうですか。なら……行くぞお前ら! 相手は大将、全力で戦え!」
その言葉が開始の合図となり、将校以外の海兵が一斉に飛び掛かって来た。
ある者は剣を。
ある者は拳を。
ある者は銃を。
自分達を侮った男へ躊躇なく向ける。
流石に殺すつもり無いようだが、それでも大怪我くらいはさせてやると言わんばかりの苛烈な攻撃であった。
しかし――。
「遅いよ」
「なっ!?」
海兵たちの攻撃が全て簡単に回避されていく。
当たりそうで当たらない、ツバキはそんな紙一重の動きでかすり傷ひとつ負うことがなかった。
見方によってはギリギリかわしているようにも見える。
だが、それは違う。
あらゆる方向から飛んでくる攻撃を見極め、それらを最低限の動きで回避しているからこそ、そういう状況が生まれているのだ。
圧倒的な実力差がなければ到底成し得ない戦い方。
彼らは将校ではないとはいえ各所から引き抜かれた将来有望な若者達なのだが、ツバキの前では赤子同然のように軽くあしらわれている。
「そろそろこっちからも反撃しようか」
今まで回避に徹していたツバキが遂に自ら動き始めた。
ここに来て、未だに彼を侮るような節穴はこの場には誰一人として居ない。
肌がピリつくようなプレッシャーを感じながらも、ツバキの一挙一動を見逃さないように注視している。
すると、一瞬だけツバキの体がブレた。
「――何処を見ているのかな?」
「っ!?」
そして突如として背後に現れる。
一体いつ、どうやって移動したのかという疑問が海兵達の頭の中に浮かび上がってくるが、そんな思考をしている余裕は無い。
ツバキは手に持っていた杖――長曽祢虎徹を鞘から抜かずにそのまま横に振るった。
轟音と共に生み出される風圧。
直接その攻撃に当たった者は居なかったが、それでも海兵達が軒並み吹き飛ばされてしまうほどの暴風である。
もしもこれが直接身体に当たっていれば、その者間違いなく無事では済まなかっただろう。
もっと言えば虎徹が鞘から抜かれていれば……辺り一面に赤い花が咲き乱れていた筈だ。
死んではいないが、ぐったりと横たわる海兵たちで死屍累々となった訓練場を見れば一目瞭然である。
「くっ、まだだ……! まだ終わってねぇ……!」
そうして一通り彼らをブチのめしたツバキだったが、それでも諦めずに今にも飛び掛かって来ようとする根性のある海兵が何人かをいるのを見て、笑みを深めた。
「いいねェ。負けん気が強いのは見ていて気持ちが良い。君たちの気がすむまで付き合ってあげるから、思う存分全力で掛かって来な」
ツバキが若い海兵を部下に望んだ理由のひとつがこれだ。
格上相手にも臆さず向かっていける無鉄砲さ。
いや、仮に臆していても立ち向かっていくその姿勢が素晴らしいことだと思う。
ある程度経験を積んで年を重ねていくと、勝てる相手とそうではない相手を無意識のうちに選別してしまう。
言い換えれば自分の限界を決めてしまうようになるのだ。
強くなる上でそれは邪魔にしかならない。
だからこそ、そうなる前に自分の手で成長の手助けをしてあげられたら、と考えていたのだ。
――かつて幼かった自分がそうしてもらったように。
「うんうん。君たちは今よりももっと強くなれるよ。俺が保証する」
それから数分後、満足げに頷くツバキ以外で立っている者は誰もいなかった。