「うん、今はちゃんと見えてるよ。でもこの目は俺のじゃない。俺を拾ってくれた親父がくれたものなんだ」
そう言って微笑みを浮かべるツバキが、たしぎには少し哀しんでいる様に見えた。
彼のそんな様子を見て迂闊に踏み込んでしまったことを後悔する。
親から貰った瞳。
つまりそれは、その親と慕う相手がツバキの代わりに盲目となってしまっている事を意味しており、彼が複雑な感情を抱いている事は想像に難くない。
気安く踏み込んではいけない領域へ入ってしまっていると、たしぎは罪悪感のようなものをひしひしと感じていた。
「そ、そうなんですか。すみません。あまり言いたくない事を聞いてしまったみたいですね……」
「フフッ、別に構わないよ。これは俺にとって誇りでもあるから。まぁとにかく、見聞色の覇気を鍛える事に関しては俺よりも他に聞いた方が良いだろう」
申し訳なさそうにする彼女の一方で、ツバキは思いの外けろっとしていた。
自らの過去を思い出して少し変な空気を出してしまったが、既にそれは乗り越えた過去である。
たしぎが感じているほどタブーという訳ではない。
思うところが全く無いと言えば嘘になるが、むしろ今では胸を張って話せるくらいには気持ちの整理を付けている。
それに、当然だが感謝もしているのだ。
自分の世界に色を与え、生きる術を叩き込んでくれた不器用な親に。
この瞳は血が繋がらない二人の家族の証だと思っている。
故に誇りでもあるというツバキの言葉に嘘は無い。
「でも……スモーカー君」
「――っ」
突然その名を呼び、近くで息を潜めていたスモーカーの身体がビクっと反応した。
「そんな所で聞いていないで、どうせならこっちへおいでよ。せっかくだし部下との親睦を図りたいんだ」
そう言うツバキに怒っている様子はなかったが、盗み聞きをしていたという後ろめたさからかスモーカーは若干バツが悪そうに姿を見せた。
実は先ほどから彼は二人の話に聞き耳を立てていたのだ。
悪気があった訳ではなかったが、結果的には余計な事まで聞いてしまっている。
「……オレが居るっていつから気付いてたんですか?」
「最初からね。そもそも、そんなに葉巻をふかしていたら俺じゃなくても臭いで気が付くさ」
四六時中葉巻を吸っていると言っても過言ではないスモーカー。
いくら息を潜めていても葉巻独特の臭いが潮の香りに混じっているのがわかる。
これでは見聞色の覇気を使わずとも、煙の臭いを辿れば彼の位置がすぐに判明してしまうだろう。
「スモーカーさん、葉巻を止めろとは言いませんけど数を減らしたらそうですか? 一日中吸っているのは流石に身体に悪いですよ」
「フンッ、大きなお世話だ」
「そういえば二人は元々上司と部下だったね」
たしぎとスモーカーの関係を思い出し、その気安い態度に納得表情を浮かべるツバキ。
そして同時にこの二人の関係が少し羨ましくもあった。
彼らがお互いを信頼し合っているのは一目見ただけでも伝わってくる。
これまで一人で旅をしている事が多かったツバキにとって、そんな二人の関係性は非常に眩しくもあったのだ。
「確か君たちはイーストブルーの支部に配属されていたのに、とある海賊を追ってグランドラインに入ったんだっけ?」
「ええ、そうです。私とスモーカーさんは『麦わら海賊団』を追ってイーストブルーを発ちました」
「あそこからからわざわざ追いかけて来るなんて、スモーカー君はよほどそのルフィって子のことが好きなんだねェ」
「……何を言ってやがるんですか? 今の話の流れで、一体どうして俺が麦わらを好きだって話になるんで?」
心外だと言わんばかりに睨みつけてくるスモーカー。
そんな元上司の態度にハラハラしながら見守っているたしぎだったが、当の現上司は怒るどころか笑みをこぼしていた。
「あはは、冗談だ。それと、この場では無理に敬語を付けなくても良いよ。スモーカー君はどうやら敬語が苦手みたいだしね」
「それは助かる。じゃあこれからは楽に話させてもらうぞ」
「ちょっと、スモーカーさん!?」
その遠慮の無い言動に思わず声を上げるたしぎだったが、ツバキはむしろそんなやり取りを面白そうに見ている。
「良いんだよ、たしぎ少尉。俺は元から堅苦しい上下関係と好きじゃないし、普段はもっと気楽に接してくれた方が俺も楽で良い。なんなら君も敬語じゃなくて構わないよ?」
「え、えっと、私はこれが普通ですのでこのままでお願いします」
「それは残念。じゃあ話を戻すけど、麦わらのルフィの噂は少しだけ聞いてる。海賊と名乗っている割には略奪とかもしていないし、むしろ各地で人助けをした事もあるそうだね。海賊だから公にはされていないけど」
「海賊は海賊だ。そんなもん関係ねェ。麦わらは俺が捕まえてやる」
麦わら海賊団は珍しく悪い噂を聞かない海賊だが、それでも海賊は海賊だ。
海兵である以上は決して仲良くする事は出来ない。
個人的には海賊の中には悪い者ばかりではないと思っているのだが、それでもスモーカーにとって『麦わら』はどうやら特別な存在らしい。
それこそ、ライバルのような。
「そっか、スモーカー君の熱意は伝わったよ。俺も機会があれば協力するとしよう」
彼がどう思っていようとも、ツバキはそれに力を貸すつもりだった。
部下の希望は出来るだけ叶えてあげたい、そう思っているのだ。
機会があればその麦わら海賊団と一戦交えることくらい、ツバキにはどうということはなかった。
今からスモーカーを鍛え上げ、どんな海賊とでも勝負できる程度の地力を身につけさせてやる事だって可能だろう。
「勝手にしろ」
ぶっきらぼうにそう返すスモーカーだったが、たしぎにはそれが珍しく上機嫌なように見えたのだった。