藤色の若き虎10

 ツバキが海軍に所属してから数ヶ月が経過した。
 彼の直属の部隊は順調に海賊達を捕らえて実績を積んでおり、もはや誰も彼の事を新参者のお飾り大将とは揶揄しなくなっている。
 海軍という組織はその役割上、結果さえ残せば何も問題は無いのだ。

 ――大将藤虎。

 その名は今一番勢いがある海兵の名前として民衆からは称賛され、同じ海軍の者からは尊敬され、そして敵である海賊からは恐れられていた。
 海賊の中には逆にツバキを討ち取って名を上げようと考える者もそれなりにいたのだが、そんな無謀な海賊たちがどうなったかは言うまでもないだろう。
 無法者が放り込まれるインペルダウンという監獄には、ツバキたちが捕らえた海賊で溢れかえっているらしい。

「――君はまだまだ技術が拙いかなァ。もう少し誰かとの模擬戦の時間を増やした方がいいよ。そうすればきっと、いずれは将校にもなれると思う。それだけの素質は十分にある」

「は、はい! ありがとうございます!」

「そっちの君は……うん、かなり良いよ。そろそろ覇気を覚えてみるのもありだね。俺が見た限りでは、見聞色よりも武装色の方に適正があるかな。既に会得している人にコツなんかを教えてもらうと良い」

「わかりました!」

 そして今、世間で噂されているツバキは大勢の部下を相手に大立ち回り……いや、多少手荒な指導をしている真っ只中だった。
 こういった組手はこの部隊では当たり前の光景だ。
 これによって軽い怪我を負ってしまう海兵も当然いるが、逆にその程度で実戦での生存率が上がるのであれば安いものだろう。

 息ひとつ乱さず適度に相手を痛め付けると同時に、その者にとって的確なアドバイスを送る。
 そんな稽古をツバキが付けてやる事で彼らは短期間でメキメキと実力を付けていた。
 部隊が絶え間なく功績を挙げているのも、この訓練によって海兵たちの力が底上げされているというのがある。
 手っ取り早く強くなる為には格上と戦うことが一番なのだ。

 厳しくも確実に強くなる訓練によって底上げされた実力と、懸賞金が掛けられている凶悪な海賊たちの捕縛。
 単純だがそれらの実績によってツバキの部下たちは次々と昇進を果たしていた。

「ツバキさん、そろそろお時間ですよ」

 すると、ひと段落した頃にたしぎがやって来てそう告げた。

「おっと、もうそんな時間か。それじゃあ今日はここまでにしよう。後は各自に任せるよ」

『ありがとうございましたっ!』

 満身創痍になりながらも、挨拶だけは最後の力を振り絞って声を張り上げる。
 彼らの瞳に映るツバキはもはやただの上司ではなかった。
 尊敬や憧憬の念を抱く、自らが目標とする男として彼を見ているのだ。
 当初は反抗的な態度を隠そうともしない者までいたこの部隊も、今ではツバキを頂点とする立派な組織へと変化していた。

 海兵たちのそんな様子を見たたしぎは、この短期間でこうも態度が変わるものかとどこか感慨深いものを感じていた。

「さて、たしぎ少尉……いや、もう大尉だったか。スモーカー君たちの様子はどんな感じだい?」

「スモーカーさんとメイヤード中将はまだ帰還していません。先ほどの定時連絡では、明日の明朝には到着するとのことです」

 階級を一つ飛ばしで昇進を果たした たしぎは、ツバキからの質問に淀みなくそう答える。

「そっか。それなら航海は順調だったみたいだね。最近、海賊たちの動きが活発になってきているから少し心配だったけど、どうやら杞憂だったようだ」

「今回の遠征で死傷者は無し。怪我を負った者は何人かいるようですが、いずれも数日で復帰できるそうです。……ツバキさんの訓練のおかげですね」

「ははは、褒めて何も出ないよ? それに、これは皆んなが頑張って結果だよ。俺はその手伝いをしたにすぎないさ」

 あくまでも自分ではなく、部下たちの頑張りによるものだと言い張るツバキ。
 そんな彼にたしぎは呆れと好感が入り混じった表情を見せる。

「ウチの隊でそんな事を思っている人は誰も居ないですよ? 私が大尉に昇進できたのだって、ツバキさんのおかげですし」

「いやいや、たしぎ大尉の昇進も紛れもなく君の実力だよ。しかも君の場合、俺の秘書みたいな事までさせちゃっているんだから。大尉も忙しいだろうに……悪いね」

「これは私が好きでやっているんですから気にしないでください」

 大将ともなれば仕事量も色々と増えてくる。
 以前、サカズキから与えられた約半年分の仕事を早々に片付けたツバキだったが、なんやかんや部下たちの昇進話などを持ち出され、結局は多くの仕事を割り振られてしまったのだ。

 そして、これでしばらくは執務室から出られない、そう絶望していると、たしぎが自ら手伝いを名乗り出てくれた。
 今ではツバキの秘書のようなことまでしてくれており、もはや彼女のことは女神のように感じている。
 ただ、自分の仕事を手伝ってもらって悪いとは思っているのだが、彼女が有能過ぎた為に手放すことが出来ないという事態に陥ってしまっていた。

「君には頭が上がらないなァ。叔父貴にも君の優しさを見習わせたいよ。どうせ今日も厄介な問題を持ち込んでくるに決まってるんだから」

「フフッ、その元帥に今から会いに行くわけですけど、大丈夫ですか?」

「正直めんどうだよねェ。出来るだけ楽な仕事だと良いんだけど……無理だろうなぁ」

 ツバキのそんな悪い予感は見事的中することになる。

 

   

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