藤色の若き虎11

「小僧、麦わら海賊団を知っちょるか?」

 サカズキが居る執務室に入室すると、落ち着く暇もなくそんな事を聞かれた。
 ちなみにたしぎは室内にまでは入って来ず、扉の外で待機しているのでこの場にいるのはツバキとサカズキの二人だけだ。

「麦わら? ああ、知ってますよ。部下の中にそいつらを追っていた者達が居ましてね。話を聞いているうちにすっかり詳しくなっちなったんだ。それに、船長であるモンキー・D・ルフィは結構な有名人だから噂はよく聞いてましたよ」

 海賊、モンキー・D・ルフィの名は海兵に入隊する前のツバキの耳にも届いていた。
 新聞に幾度となく取り上げられるほど派手に各所を動き回り、にもかかわらず海軍や他の海賊から潰されずに活動しているのだから、麦わら海賊団というのは強さだけではなくよほど運にも恵まれているのだろう。
 過去に起こした事件を調べれば調べるほど、単純な強さだけでは説明がつかない事件をかなり起こしている。

 そして、ツバキ個人としては決して嫌いではない海賊でもあった。
 世間からは最悪の世代の筆頭格として恐れられてはいるが、麦わらの一味が市民に対して海賊行為を行なったという記録は無い。
 一度腹を割って話してみたいと思う程度には好感が持てる、非常に珍しい部類の海賊である。

「なら話は早い。まどろっこしい話は抜きにして話すが、小僧の部隊にはその麦わらを追ってもらおうと思うちょる」

 やはり新しい仕事の話か、そんなことを思いつつも麦わらの名前が出てきたことで興味が湧いてくるツバキ。

「それはえらく急な話ですね。そういえば頂上戦争の後からはパタリと彼の噂を聞かなくなっちゃったけど、この前ようやく姿を現したんでしたっけ?」

「その通りじゃあ。ボルサリーノの部下がシャボンディで奴らを目撃し、配備されていたパシフィスタで攻撃を仕掛けたんだが……どうも麦わら達はこの二年で大幅に成長しているらしい。パシフィスタが何体か破壊された上に、そのまま新世界への出航を許したそうじゃ」

「へぇ? あのサイボーグ軍団から逃げ延びるなんて、麦わらも結構やるみたいだねェ」

 パシフィスタというのは海軍が開発したサイボーグだ。
 作製には軍艦一隻分もの費用が掛かってしまうが、その分強力な力を発揮し、戦闘力は懸賞金が1億程度の海賊であれば難なく捕縛する事が出来るレベル。
 現に二年前の麦わら達も報告ではパシフィスタを相手に敗走したという記録が残っている。

 そんなパシフィスタを数体も破壊したというのだから、麦わら海賊団は間違いなく成長しているのだろう。
 一時は死亡説すら流れた一味だがこの二年の時を経て完全復活を果たしたようである。
 スモーカーにこの件を伝えてやれば、きっと目をギラつかせて今すぐにでも飛び出して行こうとする筈だ。

「麦わらの一味はその後、魚人島を経由して新世界へと入ったらしい。そして、今はとある島へと上陸した事が確認された。小僧の能力を使えば今すぐに飛んで行く事も出来るじゃろう」

「なるほど。それで俺に命令が下ったって訳ですかい。でも解せねぇなァ。速さで言えば黄猿の旦那に行ってもらった方が良いんじゃないかい?」

「奴はいま他の仕事で手が離せん。大将クラスの実力を持った者ですぐに動けるのは小僧だけ。麦わらは危険じゃあ。並大抵の戦力ではただやられるだけになる。しかし手をこまねいてこれ以上の勝手を許す訳にはいかん。じゃけぇ小僧を送り込む事にした。必ず麦わらの一味を捕縛、もしくは首を持って来い」

 サカズキが危険と言い切った事にツバキは僅かに目を見開いた。
 海軍元帥であるこの男が海賊に対してそういった物言いをする事はほとんど無く、多くは塵芥のゴミ同然の扱いをすると軍の中では有名だ。
 その鋭い目には、麦わらという男がそれほどの人物に見えているのか。

 ツバキはより一層、『麦わら海賊団』船長であるモンキー・D・ルフィという男に会ってみたいという気持ちが強くなった。
 無論、海兵と海賊が相対すれば平和に終わる筈もない。
 それを含めても会うのが楽しみであった。

「わかった。なら麦わらの件は俺たちに任せてください。しっかりと捕まえてインペルダウンにぶち込んで見せましょう。あ、いや、インペルダウンだとまた脱獄しちゃうかもしれませんねェ」

「フンッ、もう二度とインペルダウンからの脱獄者は出さんわ!」

 サカズキはドンッ!と机を叩き苛立ちを露わにした。
 麦わらのルフィは二年前、インペルダウンという監獄に忍び込んでそこに囚われていた犯罪者たちを解放したという過去がある。

 今は二年前よりも更に厳しい監視体制が形成されているが、世界政府としては消し去りたい失態だ。
 せっかく海軍が捕まえた海賊達を逃がされた事で、当時のサカズキはそれはもう烈火の如く怒り散らしていたらしい。
 冗談交じりにその話題を振れるのは、恐らくこの世でツバキだけだろう。

「あはは、冗談ですって。期限直してくださいよ叔父貴。それで、俺たちは一体どこへ向かえばいいんで?」

「おんどりゃ……!!」

 相変わらずの調子で来るツバキにマグマでもブチ込んでやろうかと思ったサカズキだったが、他の大将や一部の中将と比較すれば仕事を真面目にやっている分マシだと矛を収める。
 その上、ツバキには普段から無茶な要求をしていた自覚があったのであまり強く出ることが出来なかった。

「叔父貴?」

「あぁ、小僧に向かってもらう先は――パンクハザードじゃあ」

 こうして、かつて大将同士が決闘した地へとツバキは向かうことになったのだった。

 

   

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