「皆んな、長旅お疲れ様。どうやら到着したみたいだよ。灼熱の地と極寒の地が混在する島――パンクハザードに」
視線の先には目的地の島。
左を見ればマグマが噴き出している灼熱の土地で、右を見れば氷に覆われた極寒の土地が混在している奇妙な島だった。
新世界の気候がいくら特殊とはいえ些か信じ難い光景だ。
見ただけでもこの場所が危険だというのがわかってしまう。
「大将同士の戦闘の余波が未だに残ってやがるのか……とんでもねェな」
スモーカーは口に咥えた葉巻をふかしながらそう言った。
このパンクハザードという島はかつて二人の大将が決闘した場所で、その二人とは赤犬と青雉……現元帥であるサカズキと海軍を去ったクザンという男である。
当時彼らの実力は拮抗しており、激しい戦闘がなんと十日も続いていたというのだから驚きだ。
戦闘の余波でこうして島の気候にまで影響していて、その二人がいかに激しい戦闘を繰り広げていたのかがよく分かるだろう。
「あの調子だと少なくとも数年は続くだろうねェ。全く、環境破壊もいいとこだ。自然界のサウナだと思えば多少は有益な島だけども」
「サウナって……あれじゃ燃え死ぬか凍え死にしますよ?」
「そう簡単には死なないさ。その気になれば人間ってのはどこまでだって頑丈になれるからねェ。住めば都とも言うし、案外この島も実際に住んでみれば快適かもしれない。流石に食料が無ければ餓死しちゃうけど」
他の海兵達は島の異様な空気に呑まれそうになっている中、彼らはツバキのそんな呑気とも言える言葉にどこか頼もしさを覚えていた。
「ツバキ大将。それで、島には何処から上陸するんだ? 火の方か氷の方か。どっちにする?」
「そりゃ当然――氷の方からだ」
そう言ってツバキは杖でコトン、と船を叩いた。
すると軍艦が意思を持っているかのように右へと進路を変え、氷に覆われた大地へと上陸するべく接近していく。
普段は直接船の操作などしないのだが、今回の航海は時間との勝負でもあるので出発からほぼ全ての操作をツバキが行なっていた。
「どうして右側なんですか? ……って、そりゃ火の方に近付いたら船が燃えちゃいますもんね」
たしぎが疑問を口にしたが、すぐに自力で答えにたどり着く。
「ああ、その通りだよ。わざわざ危険を犯してまで汗をかきに行く必要も無いだろう。全員に防寒着を身に付けさせてくれ」
「ツバキさん、ここは元政府の実験施設です。それも毒ガスの漏洩によって壊滅した施設。だから念の為にガスマスクも用意しておいた方がいいかもしれません」
「ふむ……確かにたしぎ大尉の言う通りだ。 ならガスマスクも全員渡して、安全が確認出来るまでは絶対に外さないように言っておいてくれ」
「はい、わかりました」
海軍から受けた情報では既に毒ガスの影響は無くなっているらしいが、それでも絶対とは言えないのがこのパンクハザードという島だ。
今まで一切の立ち入りを禁止していた場所なので未だに毒ガスが残っている可能性もある。
運悪く部下が死んでしまった、などという事を起こさない為にも確認が取れるまではマスクを着用する必要があった。
そうして部下達に防寒着とガスマスクを支給して各自が装着していっている中、おかしな行動をしている者が一人。
その者はなんと、マスク越しで葉巻を咥えているという意味不明な事をしている。
ツバキが思わず二度見してしまったほどだ。
「……スモーカー君。君は一体何をしているのかな?」
「あぁん? マスクを着けてんだよ。見てわかんねェのか?」
「俺が言いたいのはどうしてマスク越しに葉巻を吸っているのかって事なんだけど……まァいいや。スモーカー君なら多少毒を吸っても死なないだろうし。他の人は何があるかわからない島だから、マスクはちゃんと付けなさいよ」
そこまでして葉巻を吸いたいのかと呆れつつも、スモーカーに関しては放置する事にした。
彼は『モクモクの実』の能力者なので煙を吸って窒息するという事も恐らく無いだろう。
葉巻を吸うなと言って簡単に言うことを聞く男でないことは分かっており、ならば好きにさせておいた方が良いだろうと判断したのだ。
無論、他の海兵達はスモーカーのような奇行に走ることなく普通にマスクを着けている。
「それにしても、麦わらの一味はどうしてこんな島にわざわざ上陸したのかねェ? 航路からも外れているし、見るからに危険そうなこの島に行く理由なんて無さそうなものだけど」
「さぁな。理由なんてのはどうでもいい。ここに麦わらがいるなら乗り込んで捕まえてやるだけだ」
「やる気があるようで大変結構。でも、ちゃんと俺の指示には従ってもらうよ? スモーカー君には出来るだけ麦わらの相手をしてもらうつもりだけど、向こうも一人って訳じゃないんだ。そう悠長な事を言っている余裕は無いかもしれない」
「ああ、わかっている。無理は言わねェよ」
今回の作戦に参加する将校はツバキ、スモーカー、たしぎの三人のみだ。
乗組員のほとんどが億越えの賞金首で構成されておる麦わらの一味と戦うとなれば、将校以下の下士官では荷が重く、必然的にツバキに対する比重が大きくなっていくのは容易に予想がつく。
よって、スモーカーの希望を叶えてやると断言することは出来なかった。
(それにこの島からは嫌な気配がする。何事も無ければいいんだけどなァ……)
不穏な気配を感じながらも、こうしてツバキたちはパンクハザードに上陸するのだった。