島に上陸したツバキたち海軍一行は、周囲の警戒をしながら島の中を探索する準備を進めていた。
今彼らがいる場所は極寒の地。
生物が生きてはいけないような過酷な環境である。
どんな環境であっても生還できそうなツバキはともかく、他の者はしっかりと対策を用意しなければ島の中で遭難してしまう恐れがあった。
「んー、島の外周部には嫌な空気が混じっていたけど、島の中の空気は至って普通な気がする。これなら別に外しても……」
すると、フラフラっと集団から離れたツバキは唐突に装着していたガスマスクを外し、なんとそのまま大きく深呼吸をする。
「ちょっ、何やっているんですかツバキさん!」
ちょうどその場面を目撃したたしぎは慌てて駆け寄り、急いでガスマスクを口元へ持っていこうと手を伸ばす。
汚染されているかもしれない空気を身体に取り込むなど自殺行為だ。
自分の上司がそんな真似をしていれば当然止めるし、彼女の行動は決して間違っていない。
「大丈夫だよ、たしぎ大尉。どうやらこの島の空気はすごく冷たいことを除けば普通だと思う。だから皆んなもマスクを外して良いよ」
「……ホントですか?」
すぐには信じられないたしぎをよそに、思い切りの良いスモーカーは躊躇なく自身のマスクを取っ払い、葉巻を口に咥えなおした。
そして、やはり彼にも異常は見られない。
「どうやら本当に大丈夫みたいだぞ。致死性の毒ガスなんて残っちゃいねェよ。おい、お前らもそんな邪魔くさいもんさっさと外しちまえ」
上官二人がマスクを外した事で他の海兵達もお互いの顔を見合わせながら恐る恐るマスクを外し、意を決して島の空気を吸い込んだ。
「普通、だよな?」
「あ、ああ。身体は何ともないし、そもそも島に広がったのは吸ったら即死ぬレベルの毒ガスだって話だから……たぶん大丈夫だと思うぞ」
そこでようやく安心し、ホッと胸を撫で下ろす海兵たち。
毒が蔓延しているかもしれない場所で命綱であるガスマスクを外すなんて命知らずにもほどがある。
一番初めにマスクを取ったツバキや、彼の言葉で躊躇いなく後に続いたスモーカーが異常なのであって、決して彼らがビビりという訳ではない。
(島の外周部の空気の中には、微かに毒が混じっている気がしたんだけどなァ。麦わらがばら撒いたとは考え難いし……うーん、よくわからないや)
上陸できそうな場所を回っている時、空気中に毒が混じっている場所が多々あった。
本当にたまたま残っていただけなのか、それとも誰かが意図的に毒を散布しているのか。
ツバキはそれが少し気掛かりだった。
麦わらの一味とは別の何者かが近くに潜んでいる、そんな気がしてならない。
ただ、だからと言って引き返すというのは絶対にあり得なかった。
目の前に立ちふさがるモノは全て倒して先へと進む。
それがツバキという男の本質なのだから。
「さ、それじゃあそろそろ出発しようか。さっさと麦わらを捕まえてこんな寒い島から出ていこう。まずは、島の中心にでも向かってみようか」
「はっ、了解であります!」
そうして一行はパンクハザードの内部へと進み始めた。
雪が積もっている為に足を取られて非常に歩き難くはあったが、常日頃からツバキに扱かれている海兵達の足腰はその程度でどうにかなるほどやわではない。
たとえこの場で戦闘が発生しても問題は無く対処するだろう。
そのまま一定の速度で島内の探索を進めていると、前方に巨大な建造物らしき影が見えてくる。
吹雪が常に吹き荒れている中、その建物は異様な雰囲気に包まれていた。
「あれがDr.ベガパンクの研究施設、か。事故で廃棄されたって話だけど、どうやら鼠が住み着いているみたいだねェ」
「鼠?」
「うん。しかも結構な手練れが何人か混じっている。もしかすると、麦わらの一味だけを相手にしている訳にはいかないかも」
施設の中から人の気配を感じ取り、ツバキは自身の嫌な予感が的中してしまった事を悟る。
それと同時に獲物が増えて喜んでいる部分も少なからずあり、思わず笑ってしまいそうになる顔を意識的に引き締めた。
「寒いし、とりあえず中に入ろう」
「……駄目ですツバキ大将。この扉、押しても引いてもビクともしません」
何人かで施設の扉を開けようとするも全く動く気配がなく、海兵のひとりがそう報告してきた。
「そのボタンは?」
「押してみます」
すると施設の電力はしっかりと生きているようで、そのボタンを押すとビーッという音が鳴った。
ただ、音は鳴っても扉が開く気配がない。
どうやらこれはただの来客を知らせる装置のようだ。
「仕方ない。手荒だけど壊して入ろうか」
「い、良いんですか? 廃棄されていたとしても政府の施設を破壊するなんて……」
「何を言っているんだ、たしぎ大尉。この扉は最初から壊れていたんだよ。きっと、叔父貴たちの戦いの余波で壊れちゃったんだねェ」
しれっと責任を上司に押し付けようとするツバキに、たしぎはジト目を向けながらも現状では一番良い手ではあるので黙認することにした。
彼女は真面目な性格ではあるものの融通が利く人物なのである。
そして扉を破壊するべく虎徹の柄に手を掛け、障害物を両断しようと居合いの構えを見せた次の瞬間──。
「おや?」
「開いた……みたいだな」
ツバキが斬る前に大きな音を立てながらゆっくりと開かれていく両扉。
勿論これはツバキや他の海兵たちが何かをやった訳ではない。
内側に潜んでいる何者かが招き入れようとしているのだ。
「だ、誰かいるぞ」
人影が見える。
そこに現れたのは身体以上に長い大太刀を担ぎ、全身を黒いコートに身を包んだ男。
この男の名を知らない者は海軍で一人もいないだろう。
「アンタは確か……七武海のトラファルガー・ローさんじゃないですか。立ち入り禁止のこの島で、一体何をしているのか。嘘偽りなく答えてもらいましょう」
扉の向こう側から現れたのはハートの海賊団船長であるトラファルガー・ロー。
現王下七武海の一人であり、かつては億越えの賞金を掛けられていた大物の海賊だ。
そんな男が現れたことでツバキは即座に戦闘モードへと突入し、強烈な覇王色の覇気をローに向けて放出したのだった。