ツバキから発せられた覇気を全身に受けたローは、額に汗を滲ませながら引きつった笑みを浮かべる。
並みの海賊であれば即座に失神してしまうであろう覇気。
それを受けて尚こうして立っていられるのだから、流石は強さを重視して選ばれる王下七武海の末席に名を連ねているだけはあった。
「……世界徴兵によって招集された海軍大将藤虎。まさかこれほどとはな」
ただそんな強者に分類されるローであっても、目の前にいる存在だけは絶対に敵に回さぬように立ち回る必要があると肝に銘じていた。
死ぬ気で特攻したとしても精々時間稼ぎ程度しか出来ないと直感し、もしもこの場で戦いになれば勝つ事はまず不可能だと判断する。
そして、だからこそ自身の計画を脳内で大幅に修正する必要があった。
それに海軍大将という規格外の存在を上手く利用できれば、自身が考えていた元々の企てが成功する可能性がグッと上がるだろう。
幸いと言うべきか噂で聞く藤虎の人柄は決して話の通じない人物ではないので、ある程度情報を与えれば行動をコントロールできるとローは考えていた。
「もう一度だけ言おう。海賊、トラファルガー・ロー。お前さんはここで一体何をしている?」
「おい、落ち着け藤虎屋。俺が此処にいるのは偶然だ」
「……偶然? そいつは少しばかり無理があるんじゃないかい?」
不穏な気配が漂う立ち入り禁止のこの島に、偶然居合わせただけだと言い張るロー。
当然それを鵜呑みにするツバキではない。
放出していた覇気の中に殺気を織り交ぜ、さらに強くローを威圧して真意を問い質す。
「ッ!? だから落ち着け! 俺がこの島にいるのは、良い儲け話があるからパンクハザードまで来いと言われたからだッ!」
すると、いよいよ余裕が無くなったのか叫ぶように言い放った。
「儲け話、ね。ならそいつを持ち掛けた相手を教えてもらおう。一応言っておくが、アンタに拒否権は無い」
「取引相手の情報は言えない……と、言いたい所だが俺も見るからにヤバそうなアンタとはやり合いたくねェ。正直に話そう。俺に話を持ち掛けてきたのは──元政府科学者、シーザー・クラウン。俺がこんな島に居るのも奴に呼ばれたからだ」
「シーザーが此処にいるんですか!?」
その名前を聞き、たしぎは思わず声を上げた。
シーザー・クラウン。
元政府直属の科学であり、懸賞金3億ベリーの犯罪者だ。
このパンクハザードに毒をばら撒いて壊滅に追いやった張本人でもある。
そんな危険人物がこの島に潜伏していると聞かされ、麦わらの一味を追って上陸して来た海兵達の間にも動揺が走った。
「シーザー・クラウン……なんとも予想外な名前が出てきたねェ。そんな男が海賊を呼び出して何かを企んでいる、か。ろくな事ではなさそうだけど、そっちも放置する訳にはいかなそうだ」
「それだけじゃない。どうやら奴はこの島でとある実験をしているらしい。それも、とてもじゃないが表には出せない違法な実験だ。その為に各地からガキを攫ってきては研究の実験台にしているようだぞ」
「……なに?」
ツバキの表情がより険しいものへと変化する。
誘拐された子供がこの島で実験体にされているなどあまりに突拍子もない話だ。
いくら王下七武海とはいえ、所詮は海賊から齎された何も確証が無い与太話。
しかし、もしもそれが真実であれば……ツバキにとって決して許すことのできないラインを超えている事になる。
子供を誘拐し、あまつさえ実験台にしているなど到底許せる行為ではない。
基本的に賞金首もそうでない海賊も生け捕りが基本の彼だが、ローの話が少しでも事実であれば今回はそんな生温いことを言ってはいられないだろう。
今のツバキはそれほど明確に怒りを感じていた。
潜伏しているというシーザーを探し出し、即座に血祭りに上げかねないほどの義憤が湧いてくる。
「その言葉、嘘であれば──消すぞ?」
「嘘じゃねェ……! この研究所の中を見ればすぐにわかる!」
僅かに恐怖を滲ませているローの反応から、少なくともシーザーの実験についての話が真実だと当たりをつけるツバキ。
となれば、今はこの男が偶然この場に居たという戯言を信じる他ない。
この施設を捜索するのなら、事情を知っている者が協力した方が子供たちの救出が幾分もやり易くなるのだから。
「トラファルガー・ロー。とりあえず君の話は信じておこう。君には当分、俺たちに協力してもらう。しかし、変な真似をすれば即座に消す。だから死にたくなければ余計な事はしないように。いいかい?」
今にも斬り合いを始めそうだった様子から脱したことで、ローはようやく安堵した表情を見せた。
「あいよ。もちろん、俺は藤虎屋に協力するさ。ガキの救助だろうが何だろうが手を貸そう。俺も王下七武海の一人だからな」
まだこの男を信用することはできない。
だが、利用するくらいはできる。
ローの目的は未だに不明で謎は多いが、利益を提示してやれば少なくとも下手に逆らってくることは無い筈だ。
「ツバキ大将、では麦わらの一味の捕縛はどうしますか?」
すると、一人の海兵からそんな質問が飛んできた。
ツバキたちがこの島へやって来た理由は麦わらという危険因子を早急に摘み取る為だ。
その任務をどうするのか気になっていたのは質問してきた彼だけではないだろう。
「麦わらの一味は一旦保留とする。今は捕まっているという子供たちの救出が先だ」
「い、良いんですか? 元帥から受けた任務は麦わら海賊団の捕縛です。それでは命令に背くことになりますが……」
「確かに俺たちが受けたのは一味の捕縛だ。だが、ここにはそれよりも救うべき者が多く居る。それがわかった以上は一刻も早く救わねェと。海軍ってのは敵を倒すんじゃなく敵から市民を守るのが仕事だ。手段と目的を見失えば、それこそ海賊となんら変わらねェ無法者に成り下がっちまう」
言葉の節々に強い意志が秘められていた。
「俺たちがするべき事を見失っちゃあいけねェ。安心しろ、責任は全て俺が取る。お前たちは自分の正義を信じて剣を振るえばそれで良い」
ツバキの正義は決して曲がることはない。
彼は自分が正しいと思えば相手が誰であっても敵に回してしまうのだ。
たとえ相手が『──』であろうとも、ツバキは自身の正義を信じて戦うだろう。
荒ぶる虎に首輪を付けることなど不可能なように、彼の行動を妨げることは誰にも出来ないのであった。