突然の邂逅。
それは麦わらの一味にとっては最悪の偶然であった。
海賊にとって海軍とは天敵とも呼べる存在で、一度目を合わされば即戦闘が始まるというのが当たり前の関係だ。
「な、なんでこんな所に海軍がいるんだ!?」
しかも彼らはまだ知らないが、この場にいる海軍はただの海兵ではない。
海軍の最高戦力とされている『大将』の一人が居合わせており、たとえ麦わらの一味が新世界の海を航海できるほど強くなっていたとしても、逃げる事すら難しい実力差がそこにはある。
「お前ら、早く引きかえ──ッ!?」
「おっと、その場から一歩も動くなよ。大人しくしていれば殺しはしないが、抵抗するのなら命の保証はしない」
逃げようとした一味をツバキは言葉だけで制したみせた。
覇気を放出しているようで、逃げ出そうとしたサンジたちを身体が硬直してしまうほどの重苦しい威圧感でその場に縫い付ける。
嫌な汗が流れ、小刻みに震える身体。
その瞬間に彼らはようやく彼我の差というものを理解してしまった。
「お前は、一体……?」
「俺が誰かなんて見ればわかるだろ、黒足のサンジ。さっきも言ったが下手な真似はするなよ。お前が動けば、辺りが赤く染まる事になる。できれば子供たちにそんな光景は見せたくはないんだ」
そう言ってツバキは思考を巡らせる。
もし仮にここで麦わらの一味を捕らえてしまえば、ほぼ確実に船長である『モンキー・D・ルフィ』の襲撃を受ける事になるだろう、と。
戦って負けるとは思えないが、子供の護衛をしながらとなればツバキと言えども厳しいと言わざるを得ない。
それに彼の中では既に麦わらの一味よりも、誘拐された子供の保護を優先するというのが決定しているのだ。
見た限りでは子供たちは自ら進んで一味に付いて行っているし、少なくとも子供の安全が確保されるまでは手を出さない方が賢明と言える。
「本当ならば今すぐにでも捕まえるところだが……実はついさっき目的を変更したばかりでねェ。俺たち海軍は誘拐された民間人の保護を優先することになったんだ」
「は?」
「だからとりあえず──そっちの子供たちをこちらに引き渡してもらおうか」
するとオレンジ色の髪をした女海賊、ナミが近くにいた巨人族の子供を庇うようにした腕を広げる。
「こ、この子達をどうするつもり!?」
彼女の手足は震え、その表情には恐怖が浮かんでいた。
これではツバキたちが悪者だと言わんばかりである。
もちろん海賊側から見れば海軍が敵なのは間違いないのだが、一般人であればむしろ海軍の方が正義であり、ツバキにはナミの行動が些か理解出来ないものだった。
「どうするも何も、保護して家に帰してやるんだが?」
「海軍の言うことなんか信用できないわ!」
「俺からすればむしろ海賊に連れ回されている今の方が心配だけどねェ。それに、言っておくが君たち程度なら一分も掛からずに無力化できる。馬鹿な真似はしない方が良いと思うよ?」
その言葉はハッタリではない。
いざ戦闘になればツバキの言葉通りの結果になるだろう。
麦わらの一味の中でも三本の指に入る強さを持った黒足のサンジには多少手こずるかもしれないが、それでも本気で戦えば苦戦するような相手ではないのだから。
「……ナミさん、気持ちはわかるけどここは大人しくしておいた方がいい。この男のことは知らないが、向こうにいる二人は知っている顔だ。あの二人なら子供を悪いようにはしないんじゃないか」
サンジの視線はたしぎとスモーカーに向けられていた。
その二人と麦わらは過去に面識があり、初対面であるツバキのことは信用できなくとも、彼らのことは幾分か信用できるようだ。
そして、これまでの話を聞いていたたしぎはこのままでは埒があかないと思い一歩前に出る。
「安心してください。その子達は我々海軍が責任を持って家まで送り届けます。見たところ貴方たちが一時的に保護しているようですが、本当に心配しているのであればここからは我々に任せるべきです。あなた方には彼らを送り届ける手段は無いでしょう?」
「それは……」
「それにひとつだけ言っておきますけど、先ほど貴女が信用できないと言った相手は海軍大将です。もし仮にこの場で戦闘になればあなた達に勝ち目はありませんよ」
「……海軍大将? この人が?」
壊れた玩具のようにぎこちない動きで振り返り、真っ青な顔をツバキに向けるナミ。
彼女だけではなく、他の面々の顔色もさきほどよりも悪くなっていた。
「心配いらないさ。少なくともこの島にいる間は君たちの相手をする予定はないからねェ。もっとも──君たちが敵対するのならその限りじゃないが」