藤色の若き虎19

 まるでこの場が凍り付いたように静まり返る。
 体格から巨人族の子供だと思われていたモチャ達だったが、他ならぬモチャ自身の口から衝撃の事実が告げられたのだ。

 ──わたしたちはここに来るまで普通の人間だったの。でも病気で、それでこんなに身体が大きくなっちゃったんだって。

 その言葉は一時的にツバキ達から言葉を奪うのに十分過ぎる破壊力を孕んでいた。
 信じられないというよりは信じたくない事実。
 だが、こればかりは目を背けて通ることは不可能である。

「……ローさん。一応聞くがそんな病が存在するのかい?」

「医者として断言するがそんな病気なんて絶対にありえねぇ。それこそ、人為的に操作でもしない限りな。恐らくこれがシーザーの研究なんだろうよ。……人間を巨人族と同じ肉体にすれば、手っ取り早く戦力の底上げが出来るからな」

「ッ……!」

 ギリッ、と歯を食いしばる音が響く。

 子供たちを謀って無理やり連れ去り、あまつさえこのような非道な実験を行なっているなど到底許せる事ではない。
 シーザー・クラウンがこの島で何か非人道的な実験をしているというのはローから事前に聞かされていた。
 しかし、こうしてその被害者である子供たちを前にすると、事前に防げなかったことに対する罪悪感が湧いてきてしまう。

 また一つ、ツバキの中でシーザーを倒す理由が増えたようだ。

「えっと、大丈夫?」

「……あぁ、すまないねェ。その病気は必ず治る。海軍には世界一の頭脳を持った男がいるんだ。だからモチャ達の病気なんてすぐに治るよ。俺が保証しよう」

 本当に治せる確証など無い。
 ツバキは医者でも科学者でもないのだから。
 だが、例え確証の無い嘘だろうが少しでも彼女たちが安心できるのなら喜んで泥を被ろう。

「ホント? またママとパパと一緒に暮らせるの?」

「もちろんだよ。もう少しの辛抱だから我慢してくれ」

「うんっ!」

 ツバキは子供たちを船に乗せて家まで送り届ければ良いと思っていた。
 だが、それだけでは足りなくなってしまったようだ。
 実験によって巨人族並みの肉体を得たのであれば、まずはその治療をする必要がある。
 今のまま親の元へ送り届けたとしても、このままでは普通の生活どころか家族として受け入れられない可能性すらあるのだから。

「……治せますかね?」

 一抹の不安に駆られたたしぎがモチャに聞こえない程度の声量でそんな事を呟いた。

「きっと、大丈夫だよ。世界最高の頭脳と呼ばれる彼なら出来るさ。やってもらわないと困る。絶対に」

 Dr.ベガパンクとはそこまで親交があるわけではないが、彼の優秀さは海軍の誰もが知るところ。
 もちろんツバキも知っている。
 だからこそ期待も込めて彼ならば治療が出来ると信じていた。

「それにシーザー本人を捕まえれば、どんな実験を彼らに施したのかも分かるはず。そこまで判明すれば何とかなる。今はそう信じるしかないよ」

 今のツバキに出来ることはシーザーを生け捕りにし、どのような実験を行なったかを吐かせることだ。
 そうすればモチャ達を元の身体に戻せる可能性が上がる。
 元よりシーザーの身柄は海軍の手土産にする予定だったが、尚更ここから逃がす訳にはいかなくなった。

「……そうですね。今は信じて行動を──」

「あああああァァァアア!!」

 突然、獣のような叫び声が聞こえてきた。
 何事かと慌ててそちらに視線を向ければ、子供の一人が明らかに普通じゃない様子で苦しんでおり、今にも暴れ出しそうな危ない気配がある。
 そしてその声を皮切りに、他の子供たちも次々と正気を失って周囲の人間に襲い掛かり始めた。

「一体何が……っ!?」

「キャンディを、よこせぇぇえええ!」

 すぐ近くにいた子供の一人がそう叫びながらツバキがいる場所を目掛けて突っ込んでくる。
 反射的に腰の刀へと手が伸びるが、その子供を傷付ける事などあってはならないので反撃する事も出来ずに重い一撃を食らってしまう。

「くっ!」

 体重差もあってか殴られたツバキはいとも簡単に吹き飛ばされた。

「ツバキさん!」

 十メートル以上も殴り飛ばされたが、咄嗟に衝撃を受け流していたのでそれほどダメージは無い。
 ただ、ついさっきまで普通に話していた子供たちが急に狂ったように暴れている光景というのは、肉体のダメージ以上に精神的にくるものがある。
 何よりも部下たちがこの状況をどうすれば良いのか混乱しているようだった。

「イテテ……久し振りに良いパンチを貰った気がする。皆んな、その子たちを攻撃しちゃ駄目だよ。見たところ何らかの要因で正気を失っているだけだ。彼らの意思じゃない」

「で、ですがこのままだといずれやられてしまいますよ!?」

 人間離れした力を振るう子供たち。
 彼らは手当たり次第力任せに暴れているだけだが、こちらから一切の攻撃が出来ないとなればそれでも十分に脅威となる。
 振り回される巨大な腕を回避し続けるのにも限界があるし、一発でもまともに食らえばツバキのような頑丈さがない限り戦闘不能に追いやられるだろう。

「……仕方ない。彼らには少し眠って貰おう」

 一瞬だけ哀しみの表情を浮かべ、ツバキは覇王色の覇気を放出した。
 彼の持つ力は強大である。
 それらは本来悪人へと向けられるものであり、断じて罪の無い幼子に向けるような代物ではないのだ。

 手術によって肉体を強化したとしても関係なく、ツバキの覇気を受けた子供たちは一人残らず倒れ、意識を失った。
 静けさが訪れると同時に虚しさがツバキの胸に深く突き刺さった。

 

   

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