子供達だけに対象を絞って覇気を放出したツバキ。
繊細なコントロールが要求されるような事をやってのけたので疲労感がドッと押し寄せてくるが、それを表情に出すことはなく、すぐに次の行動に移った。
「ローさん。この子達がどういう症状なのか、それと出来れば治療する方法を今すぐ調べられるかい?」
「それは巨大化の方か? それともさっきの暴走の方か?」
「両方……と、言いたい所だけど今は暴走の方を優先して欲しい」
ローは数秒考えるように黙り込み、ゆっくりと自分の推察を語る。
「……あれは恐らく薬物中毒だろうな。あのガキ共が口を揃えてキャンディを寄越せと叫んでいた。大方、それが薬物で知らず知らずのうちに摂取させられていたんだろう。ただ、薬物の種類まで特定するのは無理だな。これ以上は専用の機材が必要になる」
「薬物、か。それはまた厄介な」
薬物中毒となればすぐに治療するのは難しい。
激しい禁断症状を乗り越え、体から毒素が抜けるまでの期間を過ごさなければならないからだ。
明確な治療薬というものが存在しない為に下手な病気や怪我よりも治療が困難な場合すらある。
薬物中毒者を数多く目にしてきたツバキの表情が曇ってしまうのも当然だった。
その上、薬物治療を乗り越えたとしてもそこから更に巨人化の治療にも取り掛からねばならないとなれば、彼らが誘拐される以前の生活に戻れるのは果たしていつになるのか分からない。
早くも暗礁に乗り上げた気がして思わず天を仰ぎそうになってしまう。
「……根本的な治療は無理だが、俺の能力を使えばガキ共の体内に残っている薬を取り除くことは出来る筈だ」
「ッ、本当かい!?」
「あぁ。薬による禁断症状もそれでいくらかはマシになるだろう。少なくとも、今はそれくらいしか手はない」
「十分だよ、ローさん!」
ツバキの眉間に寄った皺が僅かに緩む。
最悪な状況が続いていたがようやく希望を持てる話が聞けたのだ。
かなり小さな希望の光ではあるが、子供たちを救う上では間違いなく大きな一歩だった。
「それじゃあ今すぐやってくれ。ウチの軍医も貸すから、手が足りなければ自由に使ってやって構わないよ」
「そ、それならおれも手伝うぞ! おれは医者だ。モチャ達を救う手助けが出来るなら何でもする!」
と、そう言ったのは麦わらの一味であるトナカイ──船医のチョッパーだった。
海軍が集めた情報の中には彼のことも記されており、それによれば優れた医療技術を持っているとのこと。
なので彼を加えても治療の邪魔になるという事はないだろう。
唯一の問題は海賊に治療を任せる事だが、既にローに頼ろうとしている今では些細な問題だ。
それに麦わらの一味は基本的に一般人には手を出さない。
実際に子供たちへの対応を見てもその情報は正しいと思われたので、協力を断る理由はなかった。
「……よし、良いだろう。人手は多い方がいい。ローさん、頼んだよ?」
「了解だ。トニー屋、こっちに来て手伝ってくれ」
「わかった!」
そうしてロー主導による治療が始まった。
海軍側の軍医もツバキの指示でそれに加わっているが、変な対抗心を出すことなくローに協力する姿勢を見せている。
これなら治療は彼らに任せても良さそうだ。
刀を振るうことしか能のない者がこの場に残っても、出来ることは精々護衛くらいのもの。
ならば──。
「スモーカー君、この場の指揮は任せるよ。俺が居ない間は状況に応じて柔軟に対応してくれ。無論、最優先は子供たちの安全だ。いいかい?」
「それは良いが……大将はどこに行くんだ?」
「俺はシーザー・クラウンの身柄は押さえようと思ってねェ。問題が起きなければ、この子たちが目を覚ます前にシーザーを捕まえられるだろう」
「相手はガスガスの実を食べたロギア系の能力者だぞ。捕まえると言っても、そう上手くいくのか?」
「ロギアの能力者だろうと、いくらでもやり様はあるさ」
不敵な笑みを浮かべるツバキ。
ロギア系の能力者に通常の攻撃は効かない。
だが、それは決して無敵という訳ではなかった。
相手がガス人間だとしても、どうとでも出来る自信がツバキにはあった。
「フンッ、要らん心配だったな。ここはオレに任せて、さっさと行け」
「それじゃあ頼んだよ」
海軍側の戦力としてはツバキに次いで実力があるのはスモーカーだ。
本音を言えば彼にはこの島の何処かに囚われている誘拐された子供の捜索を頼みたかったが、そうすると麦わらの一味に対する抑止力が無くなることを意味する。
故にこの場の警護を頼んだのだった。
一時的な協力関係とはいえ、麦わらの一味は決して信頼できる相手ではない。
隙を見せた途端に攻撃される可能性もある。
個人的には彼らがそこまで悪辣な人間だとツバキには思えなかったが、今は警戒しておいて損は無いだろう。
「でもシーザーの居場所は分かっているんですか? 捕まえると言っても、この広い施設を探し回るのは大変なのでは……」
「それは当てはあるから大丈夫。最短距離でシーザーを捕えてみせよう。まァ、五分あれば十分かな」
たしぎの問いかけにニヤリと口元を歪ませ、内側に眠る獣を解き放つ。
ツバキから溢れ出す覇気で彼の近くの空間が揺れていた。
この絶大な力の一端を初めて目の当たりにした麦わらの一味は言葉を失い、何度も見たことがある海兵たちは畏怖と尊敬の念を抱く。
「『重力刀──猛虎』!」
刀を振るったその瞬間、前方の障害物が爆音と共に弾け散った。
強固な扉も、分厚い壁も、その全てが歪み形を変える。
一直線に開かれたその道は、まるで王が通る為に自ら姿を変えたようだった。