藤色の若き虎25

 感じる気配は複数。
 それも数人という訳ではなく、十人を軽く超えるような数の気配がこの部屋のすぐそこまでやって来ていた。
 毒ガスが充満しつつあるこの場所にやって来るというのは非常にまずい。
 その気配の正体が“巨人のような体格をしている子供たち”を連れた集団だとすれば尚更だ。

「おっ、見てみろよみんな。あそこに誰かいるぞ。おーい!」

 麦わら帽子を被った男がそんな調子で手を振っている。
 ツバキが重力を操作しているので今のところガスがそこまで広がっておらず、彼らはこのガスの危険性を全く理解していないようだった。

 麦わらのルフィとの面識はないが手配書でその顔は知っている。
 ああして手を振っている男こそ麦わらの一味キャプテン、モンキー・D・ルフィだ。
 子供たちを連れ出しているが、無理やり従わせているようには感じられないので彼らが保護しているのだろう。
 黒足のサンジたちも同じことをしていたし、本当に海賊らしくない海賊団である。

(チッ、ここで麦わらのルフィが出てくるか……話のわかる奴でなければ本当に面倒な事になるかもしれん)

 ただ、麦わらの一味とは一時的に休戦状態ではあるが、船長であるモンキー・D・ルフィはそれを知らない。
 ツバキは正義が掲げられている特徴的なコートを羽織っているので、それを見れば海軍だとすぐに分かってしまうだろう。
 海賊は基本的に海軍を見れば逃げるか攻撃するかの二択しかなく、即戦闘になってもおかしくはなかった。

「おいルフィ! 相手がおっかない奴だったらどうすんだよ……って、アイツ海軍じゃねーか!?」

 案の定、長鼻の男が真っ先にツバキが海軍だと気付いた。

「なんだここ。変な煙でいっぱいだぞ?」

「おい聞けよ!」

 しかし、ルフィ本人は海軍がいるとわかっても大して動揺はしていないようだった。
 すぐに戦いを始める気がなさそうだと分かり安堵するツバキ。
 そして、今もなお足元で這い蹲っているシーザーを今度は逃すまいと彼に掛けている重力を少し上げ、十分の注意を払った上で麦わらのルフィに向かって叫んだ。

「アンタら、ここは危険だ! さっさと逃げろ! このガスを吸い込むと石になっちまうぞ!」

 相手は海賊。
 だが、だからと言って見捨てようとは思わない。
 海賊の中にも人間的に好感が持てる者がいることをツバキは知っている。
 もちろん最悪の場合は戦闘になることを想定し、その時は最優先で一味の後ろにいる子供たちの安全を優先するつもりだった。

「ん? お前誰だ? 海軍みてーだけど」

「今は悠長に話している暇はねェ……! だが、今だけはお前たちの敵ではない。信じろ!」

「そっか。ならいいぞ。オレたちは何をすれば良い?」

 想定していたよりもあっさり信用されたことに一瞬呆気に取られるも、すぐに気を取り直して指示を飛ばす。 

「この部屋の前にデカい道があっただろう。そこを辿っていけば俺の仲間たちがいる場所に出る筈だ。彼らに一刻も早く避難しろと伝えてくれ。アンタらの仲間もそこにいるし、後ろにいる子供の保護も一緒にやってくれる筈だ」

「おう、わかった。ちょうど道に迷ってたから助かったよ。ありがとう。それじゃあ行くぞ、お前ら」

「おい待てって! あの男は海軍なんだぞ? しかもそいつの仲間と一緒にいるってことは、ナミたちは捕まってるんじゃ……」

「大丈夫だ。あいつ、悪いヤツじゃなさそうだし」

「おいおい、そんな簡単に──」

 ゴチャゴチャと言い合って、というか一方的に長鼻の男が騒いでいる。
 簡単に信用できないのはわかるが今は非常事態だ。
 ツバキは苛立ち交じりに一喝した。

「いいから早く行けェ!!」

「は、はいぃぃ!!! 行くぞお前ら、俺につづけ!」

 近い将来に海の皇帝の一人となる男との初邂逅はこうして何事もなく終わった。
 戦闘にならなかったのはお互いにとって幸運だった筈だ。
 ツバキはこのままシーザーと毒ガスの対処を優先できるし、麦わら達も無事に仲間と合流出来る。
 もしも戦闘になっていればそう上手くはいかなかっただろう。

「は……ど…………がッ……!」

「おっと、お前のことを忘れていたよ。悪いねェ」

 そこで重力を少しだけ緩めると、白目を剥いていたシーザーの顔に少しだけ余裕が生まれる。
 無論、余裕と言っても本当に少しだけだ。
 今にも死にそうなほどに弱っているので既に心が折れており、もはや軽口を叩く元気すら無くなっていた。

 その姿を見てようやくツバキは落ち着きを取り戻した。
 部下たちはルフィに頼んだ伝言によってじきに避難を始める。
 今、焦る必要はもうない。

「一応聞くが、お前の能力でこのガスを消すことは出来るかい?」

「む、無理だ。自然に消えるのを待つしかねェ……こ、これは本当だ! ウソじゃねェぞ!?」

 驚きはしない。
 だが、自分で制御できない代物を作り出すなど愚の骨頂である。
 下がりきったシーザーへの評価がまた一段下がった。
 その後、ひとまず喧しいシーザーの意識を殴って刈り取り、彼と石化したヴェルゴの身体を両肩に背負いこんだ。

「さてと。念のため、まだ施設内に誘拐された子がいないか確認しておかないとねェ」

 

   

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