「おいルフィ。さっきの奴、ホントに信用して良いのか? この先に海軍が罠を張っているかもしれないんだぞ?」
ツバキに言われた通りの方向へ真っ直ぐ走っていたルフィ達だったが、後ろに彼の姿が見えなくなったところで足を動かしたままウソップが口を開いた。
「にしし、ウソップは心配性だな。大丈夫だって。もしも海軍と戦う事になっても、そん時はブッ飛ばせば良いだけだ!」
船長からのそんな呑気な言葉によってウソップは大きくため息を吐く。
だが、不思議と彼に大丈夫と言われただけで不安が和らいでしまうのだから、この男──モンキー・D・ルフィに寄せる信頼は絶大と言えるだろう。
長い間共に航海してきたことで毒されているだけかもしれないが、どちらにせよこの関係は一朝一夕では到底築けない。
「それに、ナミ達も向こうに居るって言ってたから早く合流しないとダメだろ? 遅くなったらナミに怒られちまうよ」
「うぐっ、それはそうだけどよ……」
確かにルフィの言うことにも一理ある。
この島はどうもきな臭い。
上陸する前から何か問題はあるとは思っていたが、想定外のことが色々と起こりすぎている。
一刻も早く仲間たちとの合流を目指した方が懸命だった。
それに加え、今は複雑な事情を抱えているであろう多くの子供まで抱えているのだ。
海軍がその子供らを保護してくれるというなら渡りに船、例え罠を張っていたとしてもその方が安全を確保できる。
もっとも、それはあくまで子供達の安全であり、海賊である麦わらの一味にとってはかなり危険な賭けではあるのだが。
「それにしてもあの男、かなり強そうだったな。おいルフィ、 もしもアイツとやるんならまずは俺からやらせろ。どんなもんか確かめてみてェ」
そう言ったのは緑色の髪をした剣士──ゾロ。
最強の剣士を目指す者として、強者の風格を漂わせていたツバキと戦ってみたいと思うのは当然のことであった。
「んー、いいぞ。でも多分レイリーと同じかそれ以上に強いからな。負けんなよ?」
「ほぅ、やっぱりそうか。こりゃ面白ェことになりそうだ……!」
ゾロは獰猛な笑みを浮かべた。
まるで鷹を思わせるような鋭く力強い瞳だ。
自分が負けるとは微塵も思っておらず、強さへの貪欲さが垣間見える。
「バカかお前!? レイリーと同じくらいって、海賊王の船に乗ってた副船長と同格って事だろ!? マジのバケモンじゃねーか!」
ウソップが騒ぎ立てるもルフィとゾロの耳には全く届かない。
レイリーと言えばこれまで出会ってきた中でも最強に近い存在だ。
にもかかわらず、そんあレイリーと同格かそれ以上の相手と戦うなんて自殺行為である。
彼らの無鉄砲さは出会った頃から知ってはいるが、もう少しだけ自重してほしいとウソップは願った。
基本的に小心者の彼には二人の考えることが理解できない……とは言わないが、危険な香りがするので理解したくないのである。
「……思い出した」
と、今まで思案顔をしていた一味の考古学者であるニコ・ロビンがそう呟いた。
「どうした、ロビン?」
「さっきの彼、どこかで見た顔だと思ったら想像以上に大物ね。彼は新しく加入した海軍大将の一人よ。名前は藤虎。世界中を飛び回って海賊を捕まえているって話、貴方達も聞いたことくらいあるんじゃない?」
「知らね」
「知らん」
「な、なにぃ!? 海軍大将だとぉー!?」
三人とも世情には疎いらしく、ロビン以外は藤虎を知らないようだ。
ウソップだけは海軍大将という肩書きに対してすっかり怯えてしまっているが、他の二人は驚く事すらしなかった。
頼もしいと言えば頼もしい。
数年前までは海軍大将クラスが相手となれば、全員が力を合わせても抵抗することすら出来ない実力差があったのだから。
しかし、海軍大将の実力を一味の中で一番よく知っているのは他ならぬ彼女である。
(よりにもよって海軍大将……しかも噂の藤虎が来るなんて。まさか私たちを捕まえに? でもだとするとさっき見逃されたことに説明がつかない。一体何をしにこんな島まで来たのかしら……)
彼女は少し前まで革命軍に身を寄せていたので、世界情勢についてはかなり詳しく知っている。
当然、新しく海軍に加わった大将藤虎──ツバキの事もそれなりに多くのことを聞き及んでおり、ルフィ達のように平常心ではいられなかった。
もしも戦闘になれば2年間で成長した今の自分達でも苦戦する、とロビンは予想する。
「ルフィ、海軍だ。後ろにはこいつらみたいなガキもいるぞ」
しばらく走っていると前方にかなりの人数の集団が見えてくる。
海軍と思われる集団、横たわっている巨人族のような子供たち、そして仲間たち。
そして、ルフィは前方に向かって大声で叫びながら手を振りはじめた。
「お、あそこにいるのナミ達じゃねぇか? おーい! 無事かお前ら!」
「えっ、ルフィ!?」
遠くまで良く通る声に反応するナミ。
驚いているようだったが、別れた仲間と再び無事に合流出来て安心した表情を浮かべている。
「にしし。やっぱあいつの言ってたことは正しかったな! お前ら、早く逃げるぞ。早くしねェと変なガスがヤバいらしいから!」
「ちょ、ガスって何よ!? それに後ろの子たちは……」
「いいから早く逃げるぞ。さっき会った海軍の男からもそう言われたからな……って、ケムリンじゃねぇか! 久しぶりだな、元気だったか?」
「麦わらァ……!」
すぐに捕まえてやる、一瞬そう思ったスモーカーだったが、ツバキの言葉を思い出して踏みとどまった。
今は他に優先すべきことがある。
麦わらはその後、必ず捕まえると自分に言い聞かせながら。