藤色の若き虎27

 シーザーと石化したヴェルゴを両肩に担いだまま、ツバキは施設の中を探索していた。
 既にガスが回り始めているが、重力を操作することで半径3メートルほどのガスが勝手に避けていく。
 もちろん常に能力を使っている状態なので疲労は溜まっていく一方だ。
 だが、常日頃から軍艦を空に浮かせて飛び回っていることを思えば無視できる程度だった。

(麦わら達がしっかり俺の言う通りにしていれば、そろそろ部下と合流している頃合いだが……海賊を頼ったなんて叔父貴に知られちまえば間違いなく大目玉だな。血の……いや、マグマの雨が降りそうだ)

 あまり融通の利く性格ではない昔馴染みの顔を思い出し、ツバキは少し憂鬱そうな表情を浮かべた。
 どんな状況だとしても七武海でもない海賊と協力したとサカズキに報告すれば、烈火の如く怒り散らすのは火を見るよりも明らかだ。
 なので出来得る限り事実を隠しつつ、しかし虚偽にはならない程度で誤魔化して報告する必要があった。
 今担いでいる二人はその為の、言わばご機嫌取り用の菓子折りみたいなものである。

(……あ、しかし支部の海軍中将が裏切ったなんて言えば絶対に機嫌は最悪になるか。むしろそっちで気を紛らわせた方が良いかもしれん)

 麦わらに伝言を頼んだ事で多少の余裕ができたのか、頭の中でそんなことを考えながら拉致された子供が取り残されていないか捜索を続ける。
 それでも周囲への警戒は怠っていない。
 このガスの所為で遠くにいる人の気配を察知し難い状況ではあるが、視界が届く範囲であれば何とかなりそうなのは幸いだった。

「マスターを救い出せ! 何としてもあのお方だけはお助けするんだ!」

「……またか」

 シーザーの部下と思われる十人ほどの集団がツバキの行く手を遮るように立ち塞がり、それを見たツバキはうんざりした様子でため息をこぼした。

「まったく、さっきからいくら潰してもキリが無い。お前たちがマスターと慕う男の本性も知らずに、憐れなことだ」

 彼らの中には身体中に包帯が巻かれ、立っていることすらやっとの者もいる。
 そんな死に体の状態でもシーザーを救おうとするのだから、もはやその忠誠心は洗脳に近い。

 しかし、だからと言って彼らに情けをかけてやることはもう出来なかった。
 説得を試みたところでシーザーに対する忠誠心が本物である以上、平和的に解決することはどうしても不可能である。
 無用な殺生は望むところではないが、降り掛かる火の粉は払わねばならない。

「奴には近付くな! 距離を取って、隙を見てマスターを──」

「邪魔だ」

 ツバキは覇王色の覇気を放出した。
 これまでと同様に、ただ睨んだだけで襲い掛かろうとしていた者達は一人残らず倒れ込んでいく。
 少なくともこれで一時間は気を失ったままだ。
 なのでトドメは刺さない、というよりも必要ない。
 すぐ後ろにはシーザーが解き放った毒ガスが迫ってきており、放って置いてもすぐに石化し死に絶えてしまうのだから。

「……ふぅ、流石にそろそろ疲れちまった。覇王色の覇気の使用は控えた方がいいかな」

 額から脂汗が滲んでいる。
 本来、覇王色の覇気というのはここまで乱用して良いものでない。
 使い方によって格下の相手を一瞬で無力化出来る非常に有用な術だが、無茶をし続ければすぐにガス欠になる燃費の悪いものでもある。

 この短時間でツバキは覇王色の覇気を何度使用しただろうか。
 いくらバケモノのように強くても、人間である以上は必ず限界は存在する。
 そして、ツバキの覇気もこのままでは近いうちに底をつく。
 ここから戦闘を避ける……ことは出来そうにないので、覇気を使わずに敵を片付ける必要があった。

(……おや? この気配は、誰かいるな)

 敵と遭遇しないように祈りながら先を進んでいると、不意に誰かの気配を感じ取る。
 今度は集団ではなく一人のようだ。
 面倒なので敵ではありませんように、と心の中で唱えながら気配を感じた方向へと向かう。

「ここか?」

 閉じられた扉を蹴り飛ばして強引に開き、その中へと入っていく。
 中にはまだガスは回っていなかったが、ツバキが扉を破壊したことですぐにでもガスが部屋中に充満してしまう筈だ。
 急いで捜索するとすぐに物陰の裏に誰かが隠れているのを見つけた。

「そこで何をしているんだい?」

「……」

 ツバキが問いかけても何も返答は無い。
 いきなり扉を蹴破って入ったこちらのことを警戒しているようだが、襲い掛かって来ないところを見るとシーザーの部下という訳ではなさそうだ。

「ここは危険だ。じきに厄介な毒ガスが回ってきてしまう。だから、そうなる前に一緒に早く逃げないかい?」

「……お主は彼奴らの仲間ではないのか?」

 その声を聞く限りでは隠れているのは子供のようだった。
 であれば、ここに置いていくことは出来ないだろう。

「君が言っている連中が誰なのかは知らないが、それがこの施設にいる奴らのことなら違う。むしろ俺はそいつらの敵だ」
 
 ツバキの言葉を信じたようで、声の主は恐る恐るといった様子で姿を現わす。
 しかし、その姿を目にしたツバキは思わず目を丸くした。

「蛇……いや、ドラゴンか?」

 物陰から現れたその者は桃色の鱗に覆われた小さなドラゴンだった。

 

   

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