藤色の若き虎29

 ツバキが仲間達と合流した地点は施設の中だったが、今は全員無事に外に避難している。
 今頃、あの建物の中にはガスが充満して生きている者が居ない地獄となっている筈だ。
 海兵、海賊、そして子供達が誰一人欠ける事なく逃げ出せたのは奇跡に近い。
 シーザーの部下は恐らく助からないだろうが、彼らが行なってきた事を考えれば自業自得なのでツバキの良心は驚くほど痛まなかった。

「俺の伝言がちゃんと届いたようで安心したよ。ひょっとすると出会い頭に戦闘が始まるかもしれないと思ってたけど、無用な心配だったみたいだねェ」

 子供達と遊んでいる麦わらの一味に視線を向けながら、ツバキはスモーカーにそう言った。

 施設の外は常に激しい吹雪に晒されているのだが、幸いな事にローが安全地帯を知っており、そこはマグマも吹雪もない唯一の場所だった。
 避難する場所としてはこれ以上ないほど適している。
 ツバキはそこでようやく一息つけたのだ。

「フンッ、上官の命令だからな。それに従うのは当然だ」

「それでも、だよ。ありがとう、スモーカー君。麦わらの一味を捕まえる機会は必ず俺が作ろう。それまで少し待っていてくれ」

「そんなもんは自力で作ってやるさ」

 海賊相手と言えども一度結んだ約束を破る事はない。
 それはツバキも、そしてスモーカーも同様だった。
 だからこそ宿敵である麦わらの一味が目の前にいても何もしない。

「おっと、落ち着いて話す前にこいつ等を片付けておかないといけねェ。とりあえず海楼石の錠を持ってきてくれ。それでこの二人を逃がさないように拘束するんだ」

 そう言ってツバキはシーザーとヴェルゴに視線を向けた。

「さっきから気にはなっていたんだが、そいつは……まさかヴェルゴか? 何故その男がここにいる?」

「どうやら彼はシーザーと通じていたみたいでねェ。シーザーと一緒に襲い掛かって来たから纏めて連れてきた。このまま本部に連行する予定だ」

「なんだと!? 海兵でありながら犯罪者に協力してたってのか、コイツは!」

「ああ。その背後に誰がいるかまではわからないが、恐らくは大物が潜んでいるだろう。シーザーひとりにこれだけの規模の施設を維持する事は出来ないから」

 これだけの規模の施設を維持するのには莫大な費用が必要だ。
 さらにはそれを政府にさえ気取らせないようにするなど、明らかにシーザーが単独で行なっていたとは考えられない。

「でもツバキさん、この人まだ生きているんですか? 石になったままピクリとも動きませんけど」

「普通石はピクリとも動かないぞ、たしぎ」

「……スモーカーさん。私はそんなことが言いたいわけではありません」

 不満な表情を隠そうともしない彼女にツバキは思わず笑みをこぼした。

「彼がどういう状態なのかは専門家に聞こう。ローさん」

「なんだ?」

「この彫刻は元人間なんだけど、一度見て欲しい」

 ツバキの呼びかけに応えるロー。
 そして、彼は一目見るだけでヴェルゴが石化した原因を言い当てた。

「ほう……これはシノクニか?」

「あぁ、シーザーは確かそう言っていた。知っているのかい?」

「シーザーが自慢気に話していたからな。ガスを吸うだけで身体が石化し、その後ジワジワと死んでいく悪趣味な化学兵器だ」

「治療法は?」

「身体を覆っているこの石を砕けば問題無いそうだ。尤も、この状態で30分ほど放置すれば死ぬらしいがな」

 それを聞いたツバキは躊躇う事なく杖でヴェルゴを殴った。
 当然石の表面にはヒビが入り、しかしその下に隠れていた人間の皮膚が顔を出す。
 彫刻のままであれば生きているとは思えない姿だったが、今ではただ眠っているようにしか見えなかった。
 心臓も正常に動いているので、ローが言った通り石化さえ早めに何とかすれば死にはしないらしい。

「そういえばローさん。アンタ、他人の心臓を生きたまま取り出せる聞いた事があるが……それは本当かい?」

「ああ、可能だ。俺の能力で摘出した心臓は鼓動を止める事なく、取り出された人間は死なずに動き回れる。勿論その心臓を握り潰せば死ぬ」

 流石は『死の外科医』と恐れられているだけはあるとツバキは嘆息する。
 いくら悪魔の実を食べたといってもそれを使いこなせるかどうかは本人次第なので、ここまで自在に操れるという事はそれだけの力が本人にあるという事だ。
 敵であれば厄介だが、今は味方なので頼もしい。

「だったらこの二人の心臓を取り出してくれ。逃げられても面倒だし、いざとなれば死体にしてでも連行する必要がある」

 ツバキがそう言うとローは薄く笑った。

「クックック、了解だ。顔に似合わず意外と冷酷な手段も取れるんだな」

「相手にもよるさ」

「そうか。なら、それを向けられないように気を付けるとするさ。俺はまだ死にたくないんでね。──ほらよ」

 ローは無造作に腕をシーザーとヴェルゴに突き立ててそのまま心臓をえぐり出した。
 そしてえぐり出した心臓を放り投げてくる。
 その凶行に何人かは悲鳴をあげたが、不思議なことに二人の身体には一切傷は残っていない。
 更には取り出された二つの心臓は力強く鼓動しており、どういう原理なのかは不明だが死ぬ気配は全くなかった。

 

   

スポンサーリンク

タイトルとURLをコピーしました