ドクン、ドクンと鼓動を続けている二つの心臓をうっかり潰してしまわないように懐へしまい込んだ。
心臓はローの能力によって作り出されたと思われる立方体型の透明な器に入っているが、それでも臓器を懐に入れるという生理的な嫌悪感はどうしても感じてしまう。
部下に預けるよりも自分で持っていた方が安全なのでこうしているが、本音を言えば今すぐ全力で放り投げたい気分だった。
「ツバキ大将、海楼石の手錠の用意ができました!」
先程、部下に持ってくるよう命じていた物が到着したので、気を取り直して心臓のことは考えないようにする。
「ご苦労さん。後は俺がやろう。君は持ち場に戻ってくれ」
「はっ!」
手錠を受け取り、それを持って気絶したままの二人の元へと歩み寄った。
見た目は何の変哲もない鉄の手錠だがダイヤモンド並みの強度を持っている。
更には能力者が直接この海楼石に触れればたちまち全身の力が抜け、悪魔の実の力が一時的に封印されてしまうという厄介な代物だ。
能力者を捕らえておくのにこれ以上便利な物はない。
「スモーカー君、ちょっと手伝って」
ちょうど暇そうにしていたスモーカーの手も借りて犯罪者と裏切者を手錠で拘束する。
シーザーの方は能力者なので海楼石を付ければある程度弱体化するが、ヴェルゴは非能力者だ。
こちらには彼らの心臓があるので簡単に制圧出来そうだが、それでも十分に気をつけなければならないだろう。
幸いにもまだ起きる様子はなく、引き続き部下に監視を命じてツバキは麦わらの一味が固まっている場所に歩いていく。
彼らは眠っている子供たちや起きている子供たちの相手をしており、海兵よりもその扱いに慣れているようにも見えた。
「麦わらのルフィ」
「なんだ?」
「とりあえず、この島にいる間はこちらから君たちに手を出さないと誓おう。物資が足りなければ少しくらい融通しても良い。だが、俺たちは敵同士だ。君たちがこの島から出発した12時間後、俺たち海軍は再び敵になる。その時は容赦しないからそのつもりでいてくれ」
海軍と海賊、この両者は敵同士だ。
いくつものイレギュラーが発生したので一時的に休戦を選んだが、基本的にはツバキは海賊相手に甘い顔をすることは無い。
麦わらの一味の存在によって助かっている部分もあるので今すぐ襲い掛かるような不義理はしないが、かと言って永久的に味方になった訳でもなかった。
ただ、それを伝えられたルフィは何故か笑みを浮かべている。
「にしし。ああ、わかった。そんでお前の名前は?」
「名前か? 俺の名はツバキだ。最近は『藤虎』なんて呼ばれ方をされる事もある」
「よしツバキ、お前おれの船に乗れ!」
「……は?」
想定外過ぎる言葉に思わず気の抜けた返事を返すツバキ。
「お前悪いヤツじゃなさそうだし、一緒に冒険すれば面白くなりそうだからな。だからおれの船に乗れ!」
まるでそうする事が当然だと言わんばかりの物言いである。
これまで海賊に命乞いをされる事は数えるのが億劫なほど何度もあったが、仲間に勧誘されたのはこれが初めてだった。
海賊にとっては天敵である海兵……それも大将を引き抜こうとするなど、よほどの大物か大馬鹿者のどちらかである。
ツバキは思わず笑ってしまう。
「フッ、折角の誘いだけどやめておくよ。こう見えて俺は海軍の中でもそれなりの地位に就いていてね。そう気軽に海軍を辞めれないんだ」
意図してピリついた空気を出していたツバキだったが、ルフィの言動によって毒気を抜かれてしまった。
彼からはかつてツバキが出会った大海賊──『白ひげ』と同じような人を惹きつける何かを感じる。
尤も、その強さは比べものにならないだろうが。
「そっか。なら仕方ねェな。次は敵同士だ! もし戦うことになってもおれは負けねェぞ!」
「今まで俺は海賊を逃したことがないんだ。君たちの事も必ず捕まえてみせるよ、麦わらのルフィ」
「にしし、望む所だ!」
屈託の無い純粋な笑みがこれほど似合う男は他にはいないだろう、そう思ってしまうほど気持ちの良い表情をしている。
海賊にしておくのが惜しいと初めて思った。
麦わらの一味にはシーザーのように倫理観が欠如した極悪人などいないし、個人的には好感の持てる者たちだ。
サカズキから命じられているので海軍大将として任務を全うする必要があるのだが、子供と戯れている彼らを見ると他の海賊の方がよほど危険だろうと思ってしまう。
「お、おい……あんなデカい建物なんてあったか?」
ルフィと話している途中でそんな声が聞こえてきた。
ツバキも何気なく周囲を見渡してみると、海兵のひとりが顔を青くして一方向を指差している。
一体どうしたのかとそちらに視線を向けるがおかしな光景が目に飛び込んできた。
「巨大な泥……いや、あれはスライムってやつか?」
島を丸ごと飲み込んでしまいかねないほど巨大な粘性の化け物。
それが音もなく突如として姿を現し、つい先ほどまでツバキ達も居た施設も既に半分ほど飲み込んでいたのだった。