藤色の若き虎32

 ツバキと女海兵、そして麦わらとその仲間数名が巨大スライム──スマイリーの元へと向かって行くのが見える。
 それを離れた場所から監視していた女は狙い通りに事が進んで口元を歪ませた。
 自身の狙い通り、あの扱い難い生物兵器で敵の注意を逸らす試みはまんまと成功したようだ。

「うーん、でも強そうなのが何人か残っちゃったわね。一番厄介な男はスマイリーを倒しに行ったけど、私一人だとあそこにいる全員を相手取るのは少し厳しそう。ま、あれくらいならやり方次第で十分に目的を達成できる可能性はある、か」

 そう言ってシーザーの協力者である女──モネは残った面子を確認し、頭の中でいくつもの作戦を思い浮かべては消していく。

 ツバキやルフィという強敵は居なくなったが、それでもあそこには未だ警戒すべき相手が多く残っている。
 海軍にはスモーカー、麦わらの一味にはサンジ、そして王下七武海であるロー。
 大勢いる海兵たちも束になれば厄介だろう。
 モネとてある程度の戦闘力は持っているが、それはあくまでもある程度であり、正面切って張り合えるほどの実力は持ち合わせていなかった。

(でもそこまでゆっくり考えてはいられないのよね。スマイリーは所詮知性の無い怪物。藤虎が相手ではそう長くは保たないでしょうし、合流されればその時点で終わりだわ。だから出来るだけ早くあの二人を回収しないと)

 モネの目的は彼らに勝利することではない。
 彼女の狙いとは囚われの身となったシーザーとヴェルゴの奪還である。
 なのであの場にいる者達を倒す必要はなく、むしろまともに戦うつもりは微塵もなかった。
 それでも十分過ぎるほど危険を犯すことになるのだが、尻尾を巻いて自分だけ逃げ延びることが出来ない理由が彼女にはある。

 シーザーを助けようとしているのは決して忠誠心や仲間意識からのものではなく、彼女の本当の主人からそうするように命令されているからだ。

「……はぁ、若様も無茶を言うわ。私一人にこんな危険なことをさせるなんて、これってパワハラよね」

 大きなため息を吐き、そしてモネはいよいよシーザーとヴェルゴの奪還に動き始めた。

 今彼らが拠点としている場所は研究所を除けば唯一の安全地帯だ。
 この島には灼熱の溶岩に支配された南側と、極寒の吹雪に支配された北側が存在するが、あの地点にはどちらの影響も受けていない。
 場所的には吹雪地帯が近いので多少の肌寒さを感じるだろうが、それでも凍えて死ぬことはないだろう。

 ──雪嵐。

 モネが口から息を吐き出した。
 すると、その吐息によって周囲に降り積もっていた雪がうねり始め、やがて巨大な雪の竜巻らしきものへと変化する。
 初めからひどい吹雪が起こっていたが、それさえも取り込みながら更に大きな雪の嵐へと成長していった。

 そして、それが向かう先は当然ながら一つしかない。

「フフッ、やっぱり周りが雪に覆われていると能力が使いやすいわね。ここまで大規模な雪嵐を起こしたのにそこまで疲れないのだもの」

 モネはユキユキの実を食べた雪人間である。
 自身の身体を雪に変えることはもちろん、周囲の雪を自在に操ることも容易に可能だった。
 彼女にとって常に吹雪が吹いているこの場所は言ってしまえばテリトリーのようなものであり、大した労力を使わずとも大規模な技を繰り出すことが可能なのだ。

 突如として吹雪に襲われたことで向こうは大混乱に陥っている。
 特に酷いのはやはり子供達だった。
 海兵と麦わらの一味が声を出して必死に宥めようとしているが、あの人数の混乱はそう簡単には収まらないだろう。

 何せ彼らは普通の子供ではないのだから。
 彼らはシーザーの実験によって巨人族並みの肉体へと変えられてしまった子供だ。
 パニックになって好き勝手動き回れば、本人達にその気がなくとも周囲には凄まじい被害が出てしまう。
 現に今も数人の海兵が吹き飛ばされて怪我を負っていた。
 控えめに言っても大混乱である。

「そろそろ行きましょうか。今の混乱に乗じて、シーザーとヴェルゴを確保する。本物のバケモノが戻って来ないうちに、ね」

 混乱が小さければ駄目押しとして攻撃を加えるつもりだったが、想定よりも被害が多く出ているので目標を確保する為に身体を雪へと変化させ、擬態しながら移動を開始する。
 吹雪に紛れたモネの姿を捉えることはかなり難しい。
 彼女もそれが分かっているからこそ、多少強引とも言えるこの手段を取ったのだ。

 慌てふためく海兵のすぐ横を通り抜け、麦わらの一味を横目に、モネはシーザー達の場所へと一直線で向かう。

(よしっ、これで──ッ!)

 手を伸ばし、あと少しで届きそうだと思ったところで、横から強烈な殺気を感じて伸ばしていた腕を引っ込めた。
 結果から言えば彼女のその判断は正しかったのだろう。
 咄嗟に腕を戻さなければ、勢いよく振り下ろされた十手型の海楼石によって、確実にその腕は使い物にならなくなっていた筈だから。

「──ナメた真似してくれんじゃねェか……! 無事に逃げられると思うなよ……!」

 気付けば、モネは怒りを滲ませるスモーカーからの覇気に、完全に呑まれてしまっていたのだった。

 

   

スポンサーリンク

タイトルとURLをコピーしました